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エロティック・ショート・ストーリーズ
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揺れる蕾(ロリータ・コンプレックス)-2

        2

 ドン、という衝撃を背中に感じて習字が振り返ると、姪の悠菜が尻餅をついて倒れていた。彼女の長い黒髪はしっとりと濡れており、何も身につけていない体にも少し水滴が付いている。
 彼女の母親である習字の姉がタオルを手に脱衣場からリビングに出てきた。芽生え始めた反抗心からか、あるいは単にふざけてみせたのか。タオルから逃れて走ってきた悠菜は習字にぶつかり、跳ね返って転んだのだ。
「大丈夫?」
 しゃがんで伸ばした習字の手を、悠菜は気まずそうに苦笑いしながら握った。
「ごめんね、習字お兄ちゃん」
 九歳になったばかりの彼女の小さな手は、とても柔らかくて温かかった。
「いいよ。それより、痛いところ無い?」
 悠菜は自分の体を見回した。まだほとんど膨らんでいない胸にポツリと浮かんだ小さな二つの蕾は、春を待つようにほんのり色づいている。ウェストの絞りは全くの未完成で、尻も小さい。肉付きの細い太股の間には、ツルリとなめらかな丘が二つに割れて僅かに口を開いており、その奥には桜の花びらの様に微かに色づいた幼い谷間が秘めやかにたたずんでいる。つまりは、一分の狂いもなく九歳の女の子だ。
「大丈夫みたい」
 クリッとした大きな瞳で習字を見つめながら無邪気に笑う悠菜に、彼はなぜか視線を合わせられなかった。
「そう、よかった」
 なるべく体を見ないようにしながら、習字は悠菜の手を引いて立たせてあげた。
 習字からみて、悠菜は姉の夫の連れ子という関係にある。ようするに姪だ。血縁はないけれども、十一歳年下で天真爛漫な悠菜のことを習字はとてもかわいがり、悠菜も親戚のお兄ちゃんである習字になついていた。
「ごめんね、習(しゅう)ちゃん」
 姉が習字に声をかけた。子供の頃は何があっても絶対に謝ったりしなかった彼女のことを、ずいぶん大人になったものだと習字は感心した。それとも、娘のためになら素直になれるのだろうか。
「大変だな、母親ってのは」
 小さく笑って習字がそう言うと、彼女は、まあねー、と微笑み返しながら悠菜の手を引いて脱衣場へと戻っていった。
 元日、二日と夫の実家に泊まった習字の姉一家は、今夜は自分の実家である清爪(きよづめ)家で過ごす。毎年の恒例だ。
 習字と初めて会った時、三歳だった悠菜は少し怯えて、父親の陰に隠れてばかりいたものだったが、今ではすっかり新しい母親の実家とその家族に慣れ親しんでいる。生まれた時からのおじいちゃんとおばあちゃんの家であるかのように無邪気に走り回り、時には泣きじゃくり、そして花のように笑う。天使の様だ、という陳腐な表現さえ、彼女に対しては不自然さを感じない。
 今年も彼女の黄色い声が響く清爪家のリビングの一角には、木製の大きな本棚がある。そこには、習字の母が子供の頃から読みためてきた本がぎっしりと詰まっている。その中から適当に一冊を抜き取り、彼はいつものようにソファーに座って読み始めた。すると、いつの間にか隣に悠菜が座って彼と同じ格好をして本を読んでいた。真似をしているつもりなのだろうか。その横顔は真剣だが、目が不規則に泳いでいる。眉を寄せ、必死に文字を追うその姿がとても愛らしい。
 将来どのような容姿になるとしても、少女の頃は多少なりともその幼さのせいで可愛く見えるものだ。だが、そんなバイアスの掛かった見方をしなくても、悠菜は間違いなく美しく整った顔立ちをしている。しかもその肌は、丹精込めて焼き上げられた陶器の様に滑らかで、透き通るように白い。女の色香はさすがに感じさせないが、年齢なりの少女としての自然な魅惑を漂わせている。
 悠菜が習字の隣でグラグラと前後に揺れ始めた。デカルト著、『方法序説』。それなりに面白い本ではあるが、彼女にはまだ早すぎるようだ。やがて彼の肩に頭をもたせかけ、静かな寝息をたてはじめた。習字はそっと腕を回して抱き寄せた。洗いたてのサラサラの髪が彼の首筋をくすぐり、石けんが香り、温もりが手や肩に伝わってくる。
 大きく開いたパジャマの襟の内側に、ゆっくりと膨らんではしぼむ胸元が見えている。そこにはあまり肉付きは無く、華奢な鎖骨や肋骨が浮き上がっている。
 不意に、ついさっき見た二つの小さな胸の蕾が、習字の脳裏に蘇った。下腹部に開いた浅く幼い秘めやかな谷間も。
 彼は突然、ムズリ、としたものを腹の底に感じて眉を寄せた。胸にモヤモヤが広がっていく。それが、かつて恋人に対して抱いたのと同種の欲望であることに気付き、慌てて手元の本に目を落とした。
 あり得ない。相手は九歳の子供で、血縁が無いとはいえ姉の娘だ。恋情の対象になどなり得ないはずだ。しかし。右腕の中で静かに眠る少女を、なんと重く感じることであろうか。
 ふと視線を感じて顔を上げた。姉が習字をじっと見ている。彼は眉を上げておどけてみせた。すると、彼女はにっこりと笑った。その口元が「ごめんね」と動いた。


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