その 2-1
戦場と化したそのスナックは、テーブルや椅子が隅の方へ押しやられていた。
割れたグラスも床に転がっていた。
それを美奈子と矢吹の2人で片ずけ、何とか元の状態に戻した。
「さあ、これで何とか元の状態に戻りましたね」
美奈子が一息つくと、矢吹は手で額の汗を拭って言った。
「はい、ありがとうございます、助かりました、なんとお礼を言っていいのやら」
「いえ、私がやつらに変なことを言い出さなければ、こんなことにならなかった、
私こそ申し訳ない」
矢吹は、頭を下げた。
「いいえ、私こそお礼を申し上げます、ありがとうございます。
でもすっきりしましたわ、さあ、2人で飲み直しましょか」
そう言って美奈子は微笑んだ。
「そうですか、私も酔いが覚めてしまいました」
「まあ……」
お互いを見つめ合い2人はカウンターに肩をならべて並んだ。
その前にはウイスキーのボトルが置いてある。
美奈子はママではなく、一人の女になっていた。
客がいるときには、勧められた時に少しだけ飲むが、
心から酔ったことはない。
しかし、その時は違った。
今は客の心配をしなくてもいいと思うと、心から酔ってみたくなった。
そんな気持ちになったのは初めてである。
男が醸し出す優しい雰囲気がそうさせるのかもしれない。
矢吹は無口な感じがするが愚痴も聞いてくれそうな気がする
そんな甘えたい気持ちになったのは初めてだった。
いつもはママとしてにこやかにしているが、
心の中では人知れず涙することがある。
それは独り身の女の寂しさなのかもしれない。
今迄の美奈子の人生はあまり幸せではなかった。
男に騙され捨てられた過去の自分がいる。
好きだと思った男が酷い男だった。
彼女の心を癒してくれるのは客との触れ合いだった。
それが唯一、彼女の心を癒してくれた。
しかし、楽しい時だけではなかった。
イヤミを言われたりすることも少なくない。
一人酒を飲みながら涙する夜も幾度かあった。
その愚痴を、今は矢吹という男に聞いて欲しかった。
店の看板は下げてあり、店内の照明も少し落としていた。
美奈子は少し酔っていた、ほんのりと頬が赤い。
「矢吹さんは、先ほど10年前のお話を言いましたが……」
「ええ」
「その頃、この辺りにいらしたのでしょうか?」
「そうですね、訳があって出て行きましたが」
「そうでしたか……」
「はい」