いつものこと 悠一とのこと-1
「あのさ。。。」
1度目の絶頂を迎えた後の余韻に浸りながら、次の動きを心待ちにしている芽衣の顔に覆いかぶさるようにしながら悠一が言った。
「なあに?」
(次はなにかしら?もう、後ろから攻めてくるのかも。)
芽衣が目を上げ、悠一の顔を見ると、悠一は微笑みながら芽衣の唇に軽くキスをし、あの言葉を口にした。
「あのさ。。。いいかなあ?」
「あのさ。。。いいかなあ?」
これは、ふたりにとって、、、特に、芽衣にとっては、重要な言葉だった。
ふたりが関係をもつようになってから3か月ほどたったころ、そう、逢瀬の回数としては10回を超えたころだったろうか、悠一が突然、バスルームで問いかけてきたのだ。
「あのさ。。。いいかなあ?」
当然のように、
「なにが?」
と芽衣が聞き返すと、悠一は
「いや、いいんんだ」
と口をつぐんでしまった。
そのあとにいくら「なに?なにを言いたかったの?」と聞いても、
「いや、もういいんだ。」としか返事をしない。
その日は、そのまま悠一が何も言わずに着替え始めた。悠一の目が、いやおうなしに芽衣にも着替えろと言っているようで、仕方なく芽衣も着替えを始め、せっかくの快感も、めくるめくような絶頂感も、そしてその余韻さえも、すべてが夢の中の出来事だったかのような雰囲気になったまま、ホテルの部屋を出たのだった。
(なにがなんだか、わからない。けれど、とにかく、あの言葉に関して聞き返すことはタブーなんだ。)
芽衣は、釈然としないながらも、同じ思いを二度としたくない、という気持ちから、悠一に、その言葉の意味するものが何かを問うことはやめようと思った。そう、自分の肝に銘じた。だから、ここ何回かは、芽衣も用心深くなり、悠一からのこの問いかけがあっても聞こえなったふりをして、自ら悠一に抱き着いたりペニスに手を伸ばしたりして、≪もう一回≫(いや、2回も3回も、、、)をおねだりするようにしていたのだった。
しかし、今日は、悠一がこの言葉を口にするのがあまりにも早く、あまりにも唐突だった。
それは芽衣が一度目の絶頂に達した直ぐ後だったのだ。
今までなら、その言葉はもっと、逢瀬の後の方になって口にされた。
数回連続で絶頂を迎え、荒い息をしながらぐったりしている芽衣から、悠一は自分のモノを引き抜く。ぎりぎりまで我慢していたそれは、芽衣の愛液にまみれ、太い血管が浮き出たまま隆起し、今にも暴発しそうに見えた。
悠一は、それを数回、自分の手でしごくと、互いの汗で光っている芽衣の体に、たまりにたまったザーメンを勢いよくかけた。
そして、まるで一つの儀式のように、ふたりしてその液体を芽衣の体の隅々まで塗りたくる。そのまま抱き合い、キスをし合いながら、もつれるようにしてバスルームへと向かう。
互いの汗と愛液にまみれた体をシャワーで洗っている時、悠一はこの言葉を口にしてきたのだ。
「あのさ。。。いいかなあ?」
芽衣は「なにが?」とは聞き返さず、悠一の前にしゃがみ込み、目の前にある、まだまだ天井を向いたまま脈打っている悠一のペニスを咥え、ずぶぬれになりながら愛撫を始める。
あるいは、もっと大胆に、そのままバスタブにまたがり、自分の体にシャボンを塗り付け、悠一に見せつけるように、その豊満な胸や年齢を感じさせないはりの良いヒップをくねらせ、いやらしく唇を舐めながら、悠一を誘うのだ。
そうすれば、悠一も、何事もなかったかのように、芽衣の体にむしゃぶりつき、まだまだ出し切らないザーメンを全部出し尽くそうとするかのように、芽衣を攻め立ててくるのだった。
(・・・・それなのに、今日は。。。)
1回目の絶頂の余韻を、安心して味わっている時に、
(まさか、あんなに早く、あの言葉を言ってくるなんて。。。。)
不意打ちを食らわされた芽衣は、思わず禁句である、あの「なにが?」を言ってしまったのだ。
それからしばらくは、久しぶりに、地獄のような時間だった。
芽衣は1度は絶頂を迎えたとはいえ、体の隅々に広がった欲望の炎がこれからいよいよ燃え盛り、何度も何度もの繰り返す快楽の海におぼれようとしていた矢先だったからだ。
バスルームを出た悠一は、黙ったまま服を着始めた。
つまり、これは前回のように、【終わり】の合図なのである。
芽衣はそんな悠一の後姿を、半ばにらみつけるように見つめていた。悠一が着替えをやめ、もう一度ベッドへと導いてくれることを願いながら。
しかし、悠一の動きに変化はない。
芽衣は、絶望と少しばかりの自分への怒りを感じながらも、バッグの中から新しい下着を取り出し、着替え始めた。
ベッドのわきに脱ぎ捨てられたままの下着は、ついさっきまで身に着けていたぬくもりを残しているかのようだった。パンティーのあの部分は透けたままで、甘酸っぱいにおいを放っていた。
チェックアウトの時、チラッと芽衣の顔をみた従業員は、おそらくふたりが喧嘩でもしたのだろうと思っただろう。口も利かずに、悠一の後姿を見つめ、少し後ろを歩きながら、芽衣はずっと後悔していた。
ホテルの前でタクシーを拾い、ふたりは駅に向かった。
タクシーの中でも、悠一は無言だった。
駅に着き、タクシーを降りると、悠一は振り返って言った。
「じゃあ、また。」
そう言った悠一の表情は、いつもの優しい笑顔にあふれていた。