その1-7
相棒のケンタはブルブルと震えながら、その光景を見せ付けられていた。
男を見つめながらケンタに思った。
(な、何と言う奴だ!この男は……)
「さて、どうしようか?」
蛇のように男の目がケンタを睨みつけた。
「わ、わかった、もういい、終わりにしようぜ!」
鼻から血を出しているケンタが言う。
「そうだな、このお兄さんは顔は潰れたが死にはしないさ、連れて帰ってくれ」
「おう……わかった! チキショー」
どうやら、これで客の男とヤクザの2人の決着がついたようである。
ケンタが痛手を負った相棒の身体を肩に担ぎあげ、
店から出ようとした時に男は言った。
「おい、店に迷惑をかけてこのまま黙って帰るつもりなのか?」
「なに!?」
ケンタは気色ばったが、その威勢もそこまでだった。
「俺もこの店には迷惑を掛けた、俺と折半にしようじゃないか、良いな?」
「く、くそっ!」
さすがもケンタも顔色を変えたが、男の提案を受け入れるしかないようだ。
しぶしぶケンタは懐から何枚かの万札を出してテーブルの上に置いた。
「いまはこれしかねえんだ、勘弁してくれ、後はタクシー代しか残ってない」
「よし良いだろう、後は俺が払っておく、もうこう言うヤンチャはしないことだな」
「うう……くそっ!」
ケンタは朦朧としているテツジを肩で抱えながら店から出ていった。
今、その店には男とママの美奈子の2人しかいない。
「すまなかったね、ママ、グラスやテーブルを壊してしまったようだ、
これを取っといてくれないか」
「いえ……あなたからは受け取れません、助けて頂いたのはこちらですもの。
それよりもお体は大丈夫ですか?」
「見ての通り何もありませんよ」男は苦笑した。
「あの、お名前を聞いてもよろしいですか?」
「私ですか、名乗るほどのものではありませんが、矢吹と言います、矢吹涼太です」
「では矢吹さん、これで二人で飲み直しませんか? お客さんも帰っちゃったし、
今日はもう誰も来ないようですから」
「良いんですね」
「ええ、もちろんですわ」
「では……」
こうして二人の夜は更けていく。
矢吹にしだれかかった美奈子の目は、この逞しい男に魅入られてしまったらしい。
実は、この男は10数年前に郷田木組に壊滅され、細波組でただ一人残された男だった。
名前を涼太という。
若い頃、彼は可愛がられた組長から用事を言い渡され、
遠くへ出かけていて難を逃れていた。
彼が戻ってきた時には無残にも組の事務所は破壊され跡形もなかった。
傷心した彼は他所を転々として渡り歩き、柔な肉体を鍛え上げ、
ようやくその復讐の為にこの街に戻ってきたのである。
その偵察の為に街を徘徊し、見定めながらこのスナックに辿りついたのだ。
しかし、様変わりした街をみて驚いた。
彼がいた頃の賑やかだった街の北側は寂れている。
これが世の中の趨勢なのだろうか……。
矢吹は、恨みの対象である郷田木組が幅を利かせて、
未だに存在していることを知り、いつかはと復讐に燃えていた。