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月虹に谺す声
【ホラー その他小説】

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月虹に谺す声・第二章〜摩天楼に唄う小鳥〜-6

 やがて、周囲では小鳥の歌声によって奇妙な現象が起こり始めた。
「やだ、なにこれ?」
 最初に異変に気が付いたのは紅蘭だった。柔らかな小鳥の歌声が響き、その声に呼応するかのように細かな光の粒子がそこかしこから浮かび上がり、周囲に満ち始めた。
 月明かりは次第に明るさを増し、光の粒子は増え、黒いアスファルトが光の草原へと姿を変える。
「一体何が起きたっていうの?」
 不可思議な光景を目の当たりにして、紅蘭は信じられないといった様子で呟いた。しかし、異変はそれだけにはとどまらず、光の粒子は更に塊を成し、何か生き物の形に変化していった。そしてそれは、次第に淡く輝く狼達を形作り、やがて光粒子は草原に狼の群れを出現させた。
 淡い光を放ってはいるが、狼達はまるでそこに存在しているように見えた。まるで外敵など気にすることも無く穏やかな表情で寝そべり、ある者は白い腹を向けて転がり、狼の仔達は互いに戯れ、母親達は目を細めてそれを見守っている。
「一見するとそこにいる様に見えるがな、話も出来ねぇし、触れることもかなわねぇ」
 ツクヨミの言葉に紅蘭は恐る恐る手を伸ばし、寝息を立てている一匹に触れてみた。しかし手は狼をすり抜け、狼自身も何の反応も示さない。試しに起きている別の狼に手を伸ばすが、紅蘭のことなどまるで視界に入ってはいない様子であった。
「一体何の手品さ…?」
 思わず口走る紅蘭。しかしツクヨミはその問いを一笑に付した。
「手品じゃないさ。種も仕掛けも無い。強いて言うなら魔法かな?月の光が集中するこの場所だけに現れる魔法。見ろよ、この同胞達のくつろいだ姿を。これは俺達残された眷属が求めて止まない楽園に違いないんだ」
 狼の血に目覚めた眷属は本能的に狼の門を目指す。門をくぐればそこには狼の楽園があると信じているからだ。だが、全ての眷属が受け入れられるわけではない。人の心を捨て切れなかった者は門をくぐる事を許されず、こちらの世界に取り残される。同族に拒まれた眷属は絶望し、種として人と交わることを拒絶し、門を求めて世界を彷徨う。しかし、一度拒まれた眷属は二度と狼の門をくぐれることは無い。
「月の光がほんの一時だけ、俺に安らぎを与えてくれる。同族に迎えられる事も無く、人の世界にも拒まれた俺に束の間の安らぎを与えてくれる。だから俺はこの世界を失いたくない。だから俺はこの世界を守るんだ!」
 興奮したツクヨミはこぶしを固く握り締め、気炎を上げるが、月郎はその言葉を虚ろな心で聴いていた。
 ツクヨミの言葉が全て正しいとは思わなかったが集中する月明かりの魔力によってか、気分は安らぎ、心地良い小鳥の歌声が月郎の疲れ、傷ついた心を癒してくれる。そして、心の奥底で、もしかしたら生き別れた姉の姿を見つけることが出来るかもしれないと淡い希望を感じていた。
「……だけど」
 辛うじて声を絞り出す月郎。
「……だけど、この世界は紛い物じゃないか!!」
 月郎の言葉に、ツクヨミの顔が一瞬にして怒りに染まった。同族である月郎なら、ツクヨミの心を理解してくれると思ったからだ。
 実際、月郎はツクヨミに共感していた。しかし、何か心に割り切れないものも感じていた。どれほど現実味のある幻でも、それはやはり幻なのだ。
 しかし、ツクヨミにはそれは理解できない。したくても認められないのだ。
 ともすればツクヨミと同じように、幻の楽園に惹かれそうになる自分を月郎は必死に自制した。
 しかし、ツクヨミはそんな月郎の葛藤など知る筈も無く、怒りに任せて少年を殴り倒した。
 紅蘭が悲鳴をあげ、月郎は力なく地面に転がる。
「あなたの心はまだこちらにあるんでしょう?だったら、小鳥の心の世界に逃げ込んじゃ駄目だ。こんな事、いつまでも続けられる筈はない。いつか破滅するだけだ」
 口の中に赤錆を舐めたようなしょっぱい味が広がる。月郎は切れた口の端を手で拭いながら立ち上がった。
「この野郎。お前なんかに何が解る。眷属だからと思っていたが、手前ぇはただのくそ生意気なガキだ!」
 のろのろと立ち上がった月郎の胸座をツクヨミは手荒く掴んだ。


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