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月虹に谺す声
【ホラー その他小説】

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月虹に谺す声・第二章〜摩天楼に唄う小鳥〜-5

「今日みたいに穏やかな日は珍しいね……。都会でこんな澄んだ空が見られるなんて、思いもしなかった」
 紅蘭が長い髪を掻き上げながら言った。
 月郎は返事をしなかったが、紅蘭は気にしなかった。少年の存在感をそこに感じられるだけで紅蘭は嬉しかった。
 今日は丁度、満月の日。月郎と紅蘭は先日ツクヨミと出会ったビルの屋上に来ていたが、ツクヨミも小鳥という気の触れた少女も現れなかった。もっとも、約束をしたのは晩の事なのだが、特に何をすることも無い二人は、こうして昼過ぎから夜になるのを待っていた。
「あの子は……」
 不意に月郎が呟いた。
「あの子は何を見ていたんだろう?」
 あの子と言うのは小鳥のことである。小鳥はこちらの世界にいながら、まるで別の世界を覗いているように見えた。まるで月郎に見えない誰かと話をしているように見え、それが不思議だった。
「あの子って、小鳥って子の事?」
 紅蘭は目の端を尖らせて尋ね返した。しかし、月郎は意に介さずに話を続ける。
「僕達の見ている世界と、あの子の見ている世界は、多分違うものなんだ。だけどあの子の世界の中では、あの子の世界こそが現実なのかもしれない。だったら、あの子の見ている世界は一体どんな世界なんだろう?」
「そんな事…私らに解るわけ無いじゃない。だけど、あの子が好きで逃げ込んでいる世界なんだ、きっとあの子にとって幸せな世界なんでしょう」
 そう言った紅蘭の横顔は何かを思い出し、酷く寂しそうなものに見えた。
 そして月郎は小さく頷く。
「……ああ、だと良いね」
 やがて、闇が次第に茜色の空を浸食し、東の空には巨大な月輪が顔を出し始める。その真白い月は少しずつ中天目掛けて上昇し、月郎達の立つビルの下からは次第に街の喧噪が消え、やがてしんと静まり返っていった。
 職場とベッドタウンの二極化。それは都会の真ん中に、人が全く居ない空間を作り出す。
「街明かりが消えて、星空が顔を出したわ。山の中ほどじゃないけど綺麗な星空」
 紅蘭は空を仰いで小さく喚声を上げた。
「明日はきっとお天気…」
 その時、何者かの気配を感じ、紅蘭は口をつぐんだ。
「よお、お揃いだな御両人」
 声がして振り返ると、そこにはバンダナの男ツクヨミと、巻き毛の少女小鳥が立っていた。
「折角の星空見物だが、今日はやめておけ。下に降りれば別の面白い物が見られるぜ」
 そう言って、ツクヨミは後に続くように促す。小鳥がいる為に駆け下りるわけにはいかないが、今はそれ程急ぐ必要もない。
 地上におり、道路の真ん中に立つ月郎。車が通ることもなく、周囲に人の気配も感じられない。人のいなくなった街、生気を失った街はこうも現実感を伴わない世界なのかと月郎は思った。
「これが、あなたの守るべき世界なんですか?」
 月郎は質したが、ツクヨミは薄笑いを浮かべてそれを否定する。
「まあ、そう急くな…。月郎、お前の足下を見てみろ」
 言われて月郎は足下を見るが、取り立てて何も変わった物は無く、思わず首を傾げる。
「影はどうなっている?」
 ツクヨミの言葉に、月郎ははっとして自分の影を見た。すると影は四方から照らされたように伸びている。
「ここいら辺りは昼間、太陽がビルの窓に反射して影がいくつも出来る場所なんだ」
 そう説明するツクヨミに、月郎は思わず顔を上げて周囲を見回した。見るとそこかしこの窓ガラスに月が反射している。
「どうだ、俺達眷属は人間以上に月の影響を受ける。これだけの満ちた月の光に高揚を感じない筈がない」
 確かに、まるで月の門が現れる前兆のように興奮し、身体が総毛立っていた。見ると紅蘭も身を縮め、額に脂汗をかいている。
 すると不意にまた、小鳥が歌を唄い始めた。
 しかし、月郎はツクヨミに向き直り、再び質す。
「あなたの言っていた世界というのは…」
「案外とせっかちな奴なんだな。まあ、黙って小鳥の歌を聴いていろ」
 薄笑いを浮かべたツクヨミに制され、月郎は仕方なく黙って小鳥の歌に耳を傾けた。小鳥も月の影響を受けて高揚しているのか、先日ビルの屋上で唄ったときよりも表情に生気が溢れているように感じられた。
 次第に、歌に没頭する月郎。


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