投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

夏の悪夢に囚われて
【SM 官能小説】

夏の悪夢に囚われての最初へ 夏の悪夢に囚われて 4 夏の悪夢に囚われて 6 夏の悪夢に囚われての最後へ

陵辱と欲情の夜-1

「もう、心配させないでよ。お父さんが危篤だっていうから帰ってきたのに、ただの風邪だなんて」
「そう怒らないで、ね? ちょっと大袈裟に言っただけでしょ、アイちゃんったらなかなか帰ってきてくれないんだもの」
 お仕事が忙しいんじゃ仕方ないけどね、それでもお盆とお正月くらいは帰ってくるものよ。
 少し痩せたんじゃないの? ご飯はきちんと食べてるの?
 いつまでも一人暮らしなんてしてないで、いい人見つけて結婚しなきゃね。
 あらあら、そんなところに膨れっ面で立っていないで上がりなさい……と母はひとりで楽しそうに喋っている。
 前に会ったときよりも目尻や口許の皺が増えたかもしれない。
 ついさっき庭先で出くわした父親も、少し痩せたせいかおじいさんになったという印象が強かった。
 アイは遅くにできた子供だったから、両親はとうに古希を越えている。
実家に寄り付かなかった年月に責められているようで、アイは母親の笑顔から黙って目を背けた。

 父親が危篤だと母親から電話があったのは、例の悪夢を見た翌日のことだった。
 最初から変だとは思っていたのだ。
 緊迫した事態だというのに母親の声はどこかのんびりしていたし、父親の状態について詳しく話そうともしなかった。
 それでも新幹線に飛び乗って大急ぎで帰省したのは、この七年ずっと両親に対して年賀状一枚書かなかった罪悪感からに他ならない。
 両親だけでなく地元に暮らす親戚や友人とも、二十歳の夏以来一度も連絡を取っていなかった。
 遠く離れた都心で仕事を見つけ、友人も恋人も作らず過ごした孤独な七年の日々。
 それは自分にとって絶対に必要だった時間であり、そうするしか自分を守る術がなかったのだとアイは今でも思っている。
「ほら、アイちゃんのお部屋はそのままにしてあるのよ。せっかく来たんだからゆっくりして帰りなさい」
「ああ、うん……」
「閉めきっていると良くないわ、少し風を入れましょうね。そうそう、お隣の八坂さんのところも史規くんたちが帰ってきているみたいよ」
 隣家に面した大きな窓を開けながら、母親が眩しげに目を細める。
 細い小道を挟んだ向こう側、きれいに整えられた生け垣の奥から賑やかな子供たちの声が聞こえてきた。
 史規。
 ズキンと頭の奥が痛んだ。
 そんな。
 あの男がここにいるなんて。
 真夜中のアトリエ。
 飛び散った絵の具。
 赤い縄。
 記憶が暴走する。
 いくつかの場面が脳裏に浮かんでは消えていく。
 心臓がでたらめな脈を打つ。
 母親はアイの動揺に気づいた様子もなく、まだ懐かしそうな目で隣家の方を眺めている。
「史規くん、もう三人の子持ちなんですって。それに絵のほうでも大成功したらしくてね、外国で個展を開くんだーって、八坂のおばあさまが自慢してらしたのよ」
「別に聞きたくない、興味ないもの」
 できることなら耳を塞いで叫び出したいような気持ちになったが、アイは平静を装いながら色褪せた古い畳のささくれを見つめていた。
「うふふ、史規くんはアイちゃんの初恋の人だものね。小さい頃は、おじさま、おじさまって史規くんのあとを追い回していたじゃない。ほんとにあの頃のあなたは可愛らしくて」
「ちょっと、やめてよ」
「たしか大学生の頃まで仲良しだったのよね。でも史規くんが奥さんのご実家のほうにお引っ越しされてから疎遠になって……いえ、アイちゃんが忙しくなって大学の近くに引っ越しちゃって、なかなか戻ってこられなくなったのが先だったかしら」
「どうでもいいじゃない! ねえ、着替えるからあっちに行って」
「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいじゃないの。ああ、疲れたでしょうからしばらくお昼寝でもする? お夕飯の頃には起こしてあげますからね」
 棘のあるアイの物言いを気にする様子もなく、母親は嬉しそうな笑顔のままいそいそと部屋を出ていった。


夏の悪夢に囚われての最初へ 夏の悪夢に囚われて 4 夏の悪夢に囚われて 6 夏の悪夢に囚われての最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前