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「それは何度でも」
【青春 恋愛小説】

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「それは何度でも」-1

「ここのところ、ずっと考えてたんだ」
 風は冷たくて、落ち葉の匂いを含んでいた。どこからともなく虫の声も聞こえる。

「アヤの言うとおり…。このままじゃいけないんだと思う」
 俊の、「彼氏」の真剣な声を聞きながら私は自分の足元を眺めていた。だんだん薄暗くなっていく中、汚れた革靴がぼんやり輪郭を保っていた。
「別れよう、アヤ。俺、他に好きな人がいる」
 もう秋になる。けれど、アスファルトの隙間からはまた新しい雑草が顔を出していた。

 ――夏休み最後の日は蒸し暑かった。
セミはひっきりなしに鳴いている。この陽気にセミも元気な事だ。
約束をしていた俊から、朝方に『急に部活が入った』とメールが入っていた。土壇場のキャンセル。すっかり気力をなくした私は、扇風機の前を陣取ってテレビを見ていた。
2年生は、夏休みを楽しめる高校最後の年。受験を考えている私にはそんな脅迫概念があって、塾もバイトも始めなかった。元々部活は帰宅部。何を学ぶわけでもなく、
結局は派手に遊ぶこともしないで、私は一夏ずっとそんな調子だった。
「綾香、買い物をお願い」
 夕方、母親が私に千円札数枚を差し出してきた。
「…多くない?」
 寝転がったまま私は答えた。
「お母さん、今日は友達とカラオケしてくるから。綾香ちゃんに夕食お願いしたいと思って」
 おつりはあげるから、そういうことらしい。
 お母さんには月に数回こういう日があって、カラオケのメンバーは皆近所のおばさん達だ。彼女たちが顔をつき合わせて歌っているのはとても想像できない。けど、曲目を聞いてみると意外に流行りの歌ばかりなのだ。
 カレーの材料を思い浮かべた。臨時収入はもらっておきたかったから。
 重い体を起こして、ポケットにお札を放り込むと家を出た。アスファルトの熱が足元に絡みつく。暑いのは苦手だ。頭がぼんやりするし、何だかいらいらしてくる。
 だから最初は見間違えだと思った。商店街を並んで歩く、高校生ぐらいの私服の男女。黒い肩までの髪の華奢な女の子と見覚えのある茶色い頭。
クラスメイトの絵梨と、それから…。本当なら、部活に行っているはずの俊。寄り添って歩く二人からは、恋人のような甘い雰囲気が漂っていた。
セミは本当にうるさかった。それはよく覚えている。 

俊と初めて会ったときがいつなのか、私にはよく分からない。記憶のスタート、物心ついた頃にはもうそこに居たから。家が近くて幼稚園も小学校も同じ。
そして、私は俊が大好きだった。
昔からやんちゃで何回も泣かされていた。けれど、それ以上に正義感が強くて優しくて、そしてどこか臆病な俊。
私が上級生にいじめられた時、かばってくれなかった。けど一緒に泣きながら家まで手をつないで帰ってくれた。小学校六年生になっても朝顔を育てていたのは、一年生の時にもらった花に愛着がわきすぎて、どうしても種を植えずにいられなかったらしい。
けして頼もしいとは言えない俊だけど、中学でサッカー部に入った頃から急にもてはじめた。そして、告白されたそばから付き合い始めた。
高校生になってからの彼の言い訳は「好奇心と経験をつんでおきたから」だ。
私は、俊を黙って見ていた。嬉しそうに俊に話しかけている女の子を、楽しそうにそれに答えいる彼を。
…中学の卒業式の日。帰り道で私は俊と会った。
「卒業、ついにしちゃったね。もう、高校生なんだ」
私は四角い卒業証で自分をあおぎながら言った。俊とは、同じ徒歩で通える公立高校に進学が決まっていた。
「うん、思ったより早かったよね」
 俊が空を見上げながら言う。青くて、晴れ上がっていた。


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