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「それは何度でも」
【青春 恋愛小説】

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「それは何度でも」-4

「話がしたいんだ」
 朝、俊は私を待っていた。しばらく会わなかった彼氏に真剣に言われた私は、精一杯虚勢を張って笑った。
「じゃあ部活が終わるのを待ってるね。それでいい?」
 最近は少し涼しい。そういえば、セミの声が聞こえなくなってきた。
 放課後。俊を待っている間、私はトイレで髪をぎゅっとポニーテールに結い上げた。意味なんてないけど、少しでも気持ちを引き締めたかった。

「お疲れさま」
 笑って手を振る私に、俊が応じる。
「遅くなってごめん。…髪の毛、結んだんだ」
「あ、俊でも気づくんだ」
 いつものように笑いあう。そういえば俊と話すのは久しぶりだった。
 これから切り出される話に予想はついているのに、錯覚しそうになる。私たちは恋人同士で、俊はまだ私を見てくれてるって。
 静かだった。どこからともなく虫の声が聞こえてくる。風も冷たい。私は両腕をてのひらでさすった。
「ここのところ、ずっと考えてたんだ」
 俊が話を切り出したのは、いつものように畑が見える頃だった。街灯もなく薄暗いなか、私たちは向かいあって立つ。
「アヤの言うとおり…。このままじゃいけないんだと思う」
 まともに俊を見れなくて、下を向く。縛った髪がひきつって痛んだ。
 …でも、ダメだった。顔をあげられなかった。
「別れよう、アヤ。俺、他に好きな人がいる。
 こんな状態じゃ、アヤと一緒に居られないよ」
 足元では雑草が揺れていた。畑の方から、落ち葉の匂いがした。

 言葉を返すことができない私に、俊が続ける。
「アヤのことは好きだった。いつからだかは分からないけど…。
自分のペースを持ってるとこもいつも笑ってるとこも。俺の中途半端さを指摘してくれたような強さも」
何かを言わないといけない、そう思うのに頭の中が混乱して言葉が出てこない。
「だから、いつの間にか甘えてたんだと思う。アヤに」
 終わってしまう。私と俊の十六ヶ月間が…。私の、十五年間が終わってしまう。今になって私はあがいていた。
「このままじゃ、傷つけるだけだって…気づかないで」
 でも何を言っても仕方ないのは分かっていた。
 自分から選んだ結末だ。それなのに、どうしてだろう。
「楽しかった、すごく。
 …だから、これかもアヤとは友達で居たい。
 都合いいよな。自分から告白して、自分からこんな…」
 傷つけるようなことを言いたかった。どうしてこうなったのか聞きたかった、悲しみを少しでもぶつけたかった。
「私も楽しかった。…ありがとう」
 それでも出てきたのはお礼だった。最後まで俊が大好きなんだ、私は。
「アヤ、ごめ…」
 俊が言葉をつまらせるのが分かった。男の癖に泣くなよ、バカ。
 私は右手を差しだした。俊はそれをぎゅっと握って…。そして、たえきれなくなったように一回短く抱きしめてくれて。
 たぶんそれが最後だった。そしておしまい。 
 俊が歩いていくのを私は見送っていた。だんだん視界がにじんでくるのを止められず、思わずその場にしゃがみこんだ。
 誰にみられてたもかまわなかった。私は俊に捨てられたのだから。
 幸いにして誰も通らなかったし、私は誰にも邪魔されずに泣くことができた。
 …どのぐらいそうしていただろう。多分、数十分ぐらいだと思う。
 大きくなった虫の音に、そっと手を外す。いつまでもこうしているわけにはいかないから。痛む目に冷たい空気が心地よかった。
 ゆっくりと顔を上げて、私は家に向かって歩き始める。
 気が済むまで泣こう。久しぶりに、そんな風に弱っていた。


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