「それは何度でも」-3
「サッカー大変だね」
「そんなことないって。負け続きなの、アヤも知ってるだろ?」
肩掛けの自分の鞄の位置をかえてから、私の鞄も持ち直す。
「だって、ほら。昨日も急に練習が入っちゃって…」
「あぁ、ごめんねアヤ」
顔の前で手を合わせて謝る俊。
「うん。別にドタキャンはいいんだ。それより…」
上手く切り出せないで、私はとまどった。ブロック塀が開けて、畑に差し掛かる。
「昨日、商店街に買い物に行ってね」
もしあれが本当に俊だったなら、この辺で話の先が読めるだろうに。少しも後ろめたいという感じを見せない。
「そこで…俊と絵梨を見かけちゃってさ。何してんのかなーって」
言い切った。家の前に差し掛かって、私たちは足を止める。
「…昨日、怪我させちゃってさ」
「けが?」
「そう。昨日、顧問の都合で練習が午前までだったんだけど…。
途中で、ボールを中谷にあてそうになっちゃったんだ、俺が」
ぼりぼりと頭をかきながら、俊が言う。
「直撃はしなかったけど、よけた時に中谷足くじいちゃったみたいで。
ずいぶんはれてたんだよな。
中谷マネージャーじゃん?新学期前に買わなきゃいけないものがいくつかあったらしいんだけど…。その足で行かせるのも、って感じでさ。
でも、俺だけじゃ買い物できないし。とりあえず、荷物持ちだけでもしようと思って」
アヤに見られてるとは思わなかった、誤解させちゃったよな。
話はそれだけだった。じゅうぶん納得できる、でも私が感じた不安を解消させるほどの話ではなかった。どこかでヒグラシが鳴いていた。切ない気分になる。夏の終わりに、よく聞く声だと思った。
絵梨はその日部活を休んでいたらしい。だから「マック」なのか…。
昨日の今日でまだ痛いだろうに、私に気づかせるような態度はとらなかった。
多分…。俊にも恨み言ひとつ言わなかったに違いない。
はじめて遊びに行った場所は遊園地だった。夜中のパレードでそっとキスしたな、なんて思いだす。クリスマスも一緒に過ごした。照れくさいから、家族にばれないように近所の公園でプレゼント交換をした。私は手袋を。そして俊は…シルバーのリングをくれた。安物だって俊は言ってたけど、びっくりするほど嬉しかった。俊がくれたってだけで、すごく価値があるみたいに思えた。『これからも一緒に居たい』って言ってくれたこと。
それを本気で信じるような性格じゃなかった。でも、終わりを予想したりもしなかった。
俊の視線が変わった。部活中、用事があってうちの教室に来たとき…。いつのまにか絵梨を探している。
誰よりも早く気づいたと思う、多分俊よりも。
どうしてなんだろう、私には非はなかったと思う。…独占欲は強かったけど。
幼稚園に入って出会ってからの十五年間はずっと俊ばかり見ていた。
一緒に居ることが当たり前になった今でも、俊を好きな気持ちは変わってないと思う。誰よりも俊のいいところを知ってる。誰よりも、好き。
「ね、俊。気づいてる?」
…先に一歩を踏み出したのは私だった。朝、いつもの待ち合わせ場所。5分待ってこなければ先に行く、程よい距離感の約束の場所。そこには俊が居る。
汗がにじみ出てくる。夏の空気は体を包むように湿気で重い。
「私、こんな中途半端なの…いやだよ」
自分でも、馬鹿なんじゃないかと思う。終わりを選ぶなんて。
黙りこんでしまった俊が、返事をくれたのは二週間後だった。
そのときまで私たちはまだ恋人だった。だけど、一緒に過ごす時間はどんどん減っていた。
朝の約束は私が時間をずらしたし、部活をのぞいたりもしない。
「綾香ちゃん元気ないよ?どうしたの」
心配そうに顔をのぞきこんでくる絵梨。その無邪気さが、すごく憎らしかった。
でも、絵梨のせいじゃない。俊の心が離れたことに、絵梨は関係ない。