「それは何度でも」-2
私たちが住んでいるところが、町の中でも古い建物が多いところだった。木の柵で区切られた畑の前を通り抜けた、垣根ぞいの三軒目が私の家だ。
「それじゃ俊。また新学期にね」
家の前で私はひらひらと手をふってみせた。並んで歩く時間が終わってしまったのを残念に思いながら。
「あのさ、アヤ」
俊にひきとめられたのは、ちょうど体の向きを変えたときだった。ゆっくり私は振り返った。
「なに?」
そのときの俊は、真っ赤で緊張しているのが丸分かりだった。後で散々からかいのネタにすることになる顔だ。
「俊、どうかした?」
沈黙に耐えられなくなって、私はもう一度聞く。胸がばくばくしてはりさけそうだった。今でも思い出すだけで緊張してくる。期待してもいいのだろうか、勘は悪くない方だ。
「あのさ、本気だって信じてもらえないかもしれないけど――俺が今までで軽かったから当たり前なんだけど――付き合って欲しいんだ。アヤのことが好きみたい」
信じるもなにも、その表情だけでじゅうぶんだった。
本当に、どうにかなっちゃうぐらい私は俊が大好きだった。
九月一日。憂鬱な気分で眠れなかった私は、いつもより少し起きるのが遅くなってしまった。制服に腕を通して、畑の前の足場の悪い道をゆっくり進む。始業式には遅刻するだろう、今さら急ぐつもりにはなれなかったから。
相変わらず蒸し暑い日だった。――学校に着くとちょうど式は終わっていて、HR待ちだった。ざわついた教室の中から黒い長い髪の女の子を探す。
絵梨は、友達数人と話しこんでいた。後ろから頭を小突いて挨拶をする。
「あ、綾香ちゃんおはよう」
どうしちゃったの、始業式。話を中断して絵理が私のほうにやってくる。
中谷絵梨はサッカー部のマネージャーで、俊を通しての知り合いだ。同じクラスで、今のところ一番仲がいい子が絵梨だった。
「ちょっと寝坊しちゃった」
「珍しいね、綾香ちゃん。俊くんが心配そうだったよ、朝いつも会う場所に今日はいなかったーって」
絵梨は今日もう俊に会ったのだろうか。昨日のことを思い出して、急に胸やお腹がぎゅっと痛くなる。俊のことになると、私はおかしくなる。
「…別に約束してるわけじゃないじゃないよ、毎朝たまたま会うだけ」
「うん?そうなんだ、別に俊くん怒ってたわけじゃないよ」
煩わしそうに言う私に、慌てたようにつけたす絵梨。
「ね、綾香ちゃん。今日終わったらマック食べて帰らない?」
そして、その話は終わりだとばかりににっこり笑って言う。
「今日はやめとく」
だいたい、私の場合駅は反対方向だ。
「えー、新作食べようと思ってたのに。
そうだ綾香ちゃん宿題は終わった?私、社会がね…」
そのまま先生が来るまでずっと話し続けた絵梨。
昨日、何してた?
肝心な言葉が出てこないまま、私は黙って聞いていた。
「珍しいじゃん、アヤが部活を待っててくれるなんて」
日が落ちる頃やっと俊はやってきた。草がさわさわという音が近くで、下校する生徒の声が遠くで、重なって聞こえた。私は腕を押さえた。夏でも、この時間になると涼しかった。
校門のそばのベンチに座って数時間、体が固まりそうだった私はゆっくり立ちあがった。
「たまには、ね」
並んで歩く。途中でじゃんけんをして、負けた俊に鞄を持たせた。
家から学校までは十五分。家から、俊の家までは五分。
部活を待っているより一度帰ったほうがいいのは明らか。
でも、今日あとから俊の家を訪ねるなんてできそうになかった。問題を後回しにするよりはいいだろう、と長々時間を無駄をしたのだ。本題に入らないといけなかった。