3-7
だが、俺の目に映るのはみかげのキョトン顔。
「イタズラ電話? 何それ」
顔色1つ変えないで首を傾げる彼女に、ついつい眉間に力が入る。
しらばっくれる演技にしては、あまりに自然過ぎる……?
「お前、俺と付き合う前によく電話してきてただろ」
「え、知らないんだけど」
全く動揺する素振りも見せないみかげに、俺の周りの空気がどんどん冷え込んでいく。
「知らないってことねぇだろ。夜中に非通知で掛けてきてひたすら喘ぎ声聞かせてくるイタズラ電話……」
するとみかげはプッと笑い出した。
「何よー。雅也、そんな変なイタズラ電話の被害に遭ってたの? そんなのあたしがするわけないよ。雅也に業務連絡のLINE送るのすらいちいちドキドキしてたあたしが、そんなハイレベルなことできるわけないじゃん」
あはは、と大口開けて笑うみかげとは正反対に、背筋が寒くなっていく俺。
確かにみかげの言う通りだ。自分の気持ちを全く表に出してこなかった彼女が、あんな大それたことを出来るわけがない。
では、なんであの電話の女がみかげである、と思ったかと言うと、そもそもみかげのコンポの中にカノンのCDが入っていたからであって。
そして、それだけで俺は見切り発車をして……。
ヤバい、鳥肌が止まらない。
「だって、そのイタズラ電話の後ろの方でパッヘルベルのカノンが流れてたんだぜ!? お前あのCD持ってるだろ!?」
「持ってるけど……別にこんなの珍しいものでもないじゃん。フレーズの一部分を引用してるバンドもいるんだし」
みかげは裸のままコンポの電源を入れると、中から1枚のCDを取り出し、不思議そうにそれを眺めていた。
「…………」
「というわけだから、そのイタズラ電話はあたしじゃないよ。ま、もうそんな電話来ないならそれでいいじゃん」
みかげはカラカラ笑うと、ベッドから降り立った。
じゃあ、一体あの電話は??
生唾を飲み込んで、俺はこっそりみかげを見る。
……いや、絶対みかげが嘘を吐いている。そう思いながら。
そんな俺の視線に気付かない裸の無防備な彼女は、鼻唄を歌いながらバスルームに消えて行った。
その時。
脱ぎ捨てたパンツのポケットから鳴り出した機械的な着信音に、大げさに身体が跳ねた。
もうすぐ日付が変わるこの時間。あのイタズラ電話がよく掛かってきた時間帯である。
俺は震える手で、スマホを服の中から手繰り寄せる。
画面を見れば、非通知設定。
まさか、まさかな。
単なる偶然と言い聞かせながら、ゴクリと唾を飲み込んで通話をタップする。
すると、スマホの向こう側からあの優雅なメロディーが微かに聞こえていた。
そして、すぐ耳元では。
『……彼女、出来たんだ』
と、とても恨みがましい女の声が、ボソリと呟いたのであった。
〜end〜