悪夢の中で-2
極彩色の苔が密集した地面の上。
ついさっきまで何も無かったはずの場所に、真っ白な肌を惜しげもなく露出した女がぐったりと力なく横たわっていた。
さっきまで誰もいなかったはずなのに。
誰なの?
なぜこんなところに?
女は27歳のアイよりも、ずっと年下のように思えた。
大学生か、まだ高校生くらいかもしれない。
発育しきっていない少女を思わせるほっそりとした肢体。
きつく閉じられた目の縁は涙に濡れ、長く艶やかな黒髪はゆったりと波打つように広がっている。
女の身体には赤い縄が掛けられ、両腕は背中側で、両足は閉じられないように左右の太ももを大きく開かれた姿勢で固定されていた。
身じろぎひとつしない様子から、人間ではなく淫らな格好をさせられた人形のようでもあった。
人形。
ああ。
思わずため息が漏れた。
決して好んで見たいような光景ではないはずなのに、女の体から目を話すことができない。
幾重にも掛けられた縄のせいで不自然に強調された乳房と、存在を主張するようにぽっちりと突き出た薄桃色の乳頭があまりにも卑猥で。
大きく開かれた両足の狭間にまでぎっちりと縄目が食い込んでいる様子は目を背けたくなるほど残酷でいやらしくて。
悪い子。
悪い子は罰を受けるんだよ。
もっと、お仕置きして。
頭の中で誰かの声がする。
男の声と、それに応える女の声。
アイはその場に立ち尽くしながら、自身の両足の間がじんわりと熱く湿っていくのを感じていた。
あれは、もう何年も前の。
下着の内側で胸の先がじんじんと疼きながら固く尖っていくのがわかる。
さわって、おねがい。
きもちいいの、ねえ、もっと。
いや、いや。
考えたくない、思い出したくない。
ずるり。
何か重いものをひきずるような音が聞こえた気がした。
頭の中の声が消える。
何の音?
周囲を見回してみても苔と女の姿以外は何も見えない。
気のせいか。
でも。
ずるり、ずるり。
今度ははっきりと聞こえた。
そんな、まさか。
アイは大きく目を見開き、いやあ、と大声を出しそうになった。
ところが、叫ぼうとしても声が出ない。
掠れた息の音だけが、のどの奥でひゅうひゅうと鳴った。
あまりの恐怖に手足の先から血の気が引いていく。
異音は横たわっている女のまわりから聞こえてくる。
ずる、ずるっ。
不気味な音と共に地面がぼこぼこと大きく盛り上がっていく。
光る苔を押し退けるようにして次々に這い出してきたのは、巨大な触手を思わせる生物だった。
太く赤黒い体をうねうねとくねらせながら女の肉体に絡み付いていく様子はこの上なくグロテスクで、巨大なミミズの集団のようにも見える。
一目散に逃げ出すべきなのに、やはり足はぴくりとも動かなかった。
どくん、と心臓が大きく脈打つ。
頭がずきりと痛んだ。
これを見るのは初めてじゃない。
またいつもの悪夢が始まってしまう。
アイは自分の胸に手をあて、泣きたくなるような思いで触手に飲み込まれていく女を見つめた。
こんなもの、望んでいないのに。
早く消えて。
そう願えば願うほどアイの意識は女の中へと吸い寄せられ、やがて素肌に食い込む縄の痛みやねばねばとした触手に巻き付かれていく感覚がアイ自身のものへとすり変わっていく。
息ができない、苦しい、怖い。
気持ち悪い、お願い、離れて。
泣き叫ぼうとしても、やはり声は出ない。
ぬるついた物体は容赦のない力で身体中に絡み付きながら、やがてその先端をアイの感じやすい部分に繰り返し擦り付けてくるようになった。
無理な姿勢を強いられ、みしりと骨が嫌な音を立てる。
突き出た乳房の周囲に数本の触手がまとわりつき、胸の先端までねっとりと舐め上げていくかのような動きで執拗に責め立ててくる。
男の口のなかで、ねろりねろりと丁寧にしゃぶられていくような感覚。
やだ、こんな。
じん、じん、と乳首の芯が甘く痺れていく。
すごい、気持ちいい。
こんなの、いや。
本当にいやなのに。
与えられる快楽と状況の異常さに心を引き裂かれながらも、アイはさらなる愛撫を求めるように背中を大きくのけ反らせた。