桃香語り(6)-1
暗い気持ちといえば、この間のあの不快な体験です‥‥。
「――お姉ちゃん、『しれん』って、なあに?」
聞いたあのとき、わたしは本当にわからなくて、素直に尋ねたのでした。
白香お姉ちゃんに聞いたつもりでしたが、「お姉ちゃん」ではどちらかわからなかったようです。紅香お姉ちゃんが、これを聞いて、目を丸く開きました。そして、緊縛されたままの姿で、ぷっとおかしそうに吹き出しました。緊張感なく‥‥。
わけがわからないでいると、わたしが質問した当の白香お姉ちゃんが、わたしを強く睨みつけました。
ぎっ‥‥! そんなふうに、本当に音がするんじゃないかというような
そして、わたしを怒鳴りつけたのでした。
「桃香っ、このバカ妹! 被虐の緊張に盛り上がったムードが、台無しもいいとこじゃないのっ!」
これに、わたしも猛烈にムカついて、
「な‥‥なになに? なによっ。なによお姉ちゃん! ひどいっ! そんな言い方‥‥!」
と言い返しました。そして、自分の顔に手の甲をあてました。
「桃香‥‥桃香、泣いちゃうよぉ。――う、うえぇ‥‥え‥‥」
この三人がいる席では、わたしが泣き出すと、白香お姉ちゃんはともかく、そこに紅香お姉ちゃんがいさえすれば、どんな状況でもわたしは、切り抜けられるのです。
泣き真似。それが、わたしがこの三姉妹生活で学んだ知恵、
が――。このときは、通じなかったのでした。
「うるさいっ。その手に乗るかっ。――もう、あんた、自分の部屋に戻りなさいっ」
「うえ‥‥ぇ‥‥――え?」
手を顔から離したわたしに白香お姉ちゃんはずんずんと近づいてくると、あっという間にその手を取ったのでした。
「あ、いや、こっちにしよ‥‥。こっちがいいや」
「ちょ、ちょっと待――」
「いいから、ほら、入った入ったっ」
白香お姉ちゃんはわたしを捕まえ、物置部屋に入れたのでした。まるで、悪戯した猫を罰として檻に放り込むように。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、桃香はただ、わからなくて素直に聞いただけよ――」
と、紅香お姉ちゃんが背後で助け舟を出してくれていましたが、このときは、その舟は役に立ちませんでした。扉がバタンと荒々しく閉められ、そして、白香お姉ちゃんの声が聞こえてきました。
「桃香。いーい、そっちから鍵をかけなさい」
その声は張りあげるようなところはなく、抑えた感じでしたが、明らかに怒気が含まれていました。わたしは怖くなって、言われたとおりにカチャリと白いドアの鍵をかけました。