桃香語り(5)-1
アナウンスがあって、わたしはわれに返りました。やがてバスは、停留所に停まりました。そこで降りて、わたしは研究所を目指してすたすたと歩きはじめました。
片桐さんが、白香お姉ちゃん用の“あるモノ”を用意して待ってくれているはずなのです。幸也の到着前に、わたしはそれを受け取るつもりなのです。
――コミュニティバスの話ですが、まあ、一般のバスとちがって、目的地までまっすぐ行かずに団地のなかをぐるぐるとまわったりするのですが、一分、二分を急ぐわけじゃなし、そういうのもわたしは楽しいのです。それに一般バスより、窓から見える景色が低くて、普段歩くときの眺めに近いとか、そういうところも気に入ってます。
(誰かさんみたく、人を見下ろしたりしない――。上から目線じゃないもの‥‥)
わたしのコミュニティバス論は、これで終わりです。白香お姉ちゃんはきっと、一般バスのほうが好きでしょう。あの性格からして、そうに決まってます。
「桃香ちゃん、じゃ、これ‥‥」
研究室に到着すると、白衣の片桐さんは、わたしにそれを手渡したのでした。
予定通りです。が――。
「‥‥‥‥」
わたしは、呆れたあまり、言葉をうしなってしまいました。なんでもないことのように差し出されたそれは、光るぐらいの新品で、モノはたしかに良さそうでした。が‥‥。
そのモノを裸のまま、手渡すことはないじゃないですか、普通‥‥。
わたしが持って帰るって言ってあるんですから――。
(何かで包装して紙袋か何かに入れるとか、思いつかないのかな‥‥。コドモのわたしだって、それくらい考えつくのに‥‥)
がっくりしすぎて、わき汗が出たような気がしました。わたしは、以前、白香お姉ちゃんが言っていたことを思い出しました。まだ、彼にわたしを調教させる前のことです。
「あの人はオタクよ。世間のこととか女のこととか、全然わかってない。つきあう人は大変だろうな‥‥」
その通りのようです。そういう世間的なことには、まったく頭が回らないらしいのです、片桐さんは。
わたしは呆れながらも、
(でも、片桐さんにオッパイぺろぺろをされると、気持ちいいし‥‥)
とも思い起こしてしまいました。それで、あそこがまたジュン!‥‥と濡れてきそうになって‥‥。
――ま、まあ、いい。いいです。
(いま、大事なのは、片桐さんの性格じゃなく、今日の話し合いと、これを無事家に持って帰ること――)
わたしは、必死に自分に言い聞かせたのでした。
(そして、白香お姉ちゃんを――‥‥)
と、計画に思いをめぐらせます。
(お姉ちゃん、わたしを片桐さんに調教させてくれて、どうもありがとう‥‥)
心のなかで、わたしはつぶやきます。
(お姉ちゃんも――‥‥)