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「はい」
電話の向こうの相手は黙っていて、一向に声を出す気配がない。
背後に聞こえるのは、パッヘルベルのカノンか。
中学の音楽の授業で習った聞き覚えのあるメロディが微かに聞こえていた。
……イタズラ電話かよ。
ため息が思いっきり出て、俺はそのままそばのベッドに倒れこんだ。
先ほどの不安の気持ちはフツフツと苛立ちに変わる。
ーービビらせやがって。
「もしもし? もしもーし」
つっけんどんな声を出してもなしのつぶて。
カノンの優しいメロディだけがやけに響いていた。
まったく、お上品な音楽を聴きながらイタズラ電話だなんて、いい趣味してんなー。
せっかくの平穏な夜をすっかり台無しにされて、このまま電話を黙って切るのは癪なので、罵倒でもしてやろうか。
とっておきの捨て台詞が浮かんだので、一気にまくし立ててやろうと俺が口を開いた、その瞬間。
『……あんっ』
と女の声、それもアノ時の声が聞こえて目が点になった。
咄嗟のことで一気に頭の中が真っ白になった俺は、スマホを耳に当てたまま、固まってしまう。
ただただカノンのメロディだけがやけに遠くに感じていた。
『あっ……ああっ、やっ』
俺が黙っていると、さらに嬌声が聞こえてくる。
息遣いまで耳に直で響いてきて、俺はすっかり罵声を浴びせることを忘れてしまっていた。
それほど女の悩ましい喘ぎ声は、俺好みの可愛い声だった。
『あんっ、あっ、あっ、ああっ』
電話の主はノッてきたのか、更に大胆に喘ぎ声を出してきている。
電話の向こう側には、女の他に誰かがいるような気配はない。
きっと声の主は自慰をしているのかもしれないと思うと、下半身が即座に反応を見せてきた。
『あうっ……あ、あ……ああっ』
どこか切なげな、それでいて淫らな高い声に、相手の姿を勝手に想像してしまう。
きっと髪がサラサラで、小柄で細くて、なのにおっぱいは大きいエロい身体をした可愛い女の子。
カノンなんて聴くような女の子だから、きっとお嬢様に違いない。
白い部屋に、レースのカーテンなんかがあるような清潔感の溢れた部屋。
きっと彼女は白く大きなベッドで、一人オナニーに耽っているのだ。
イタズラ電話なんて腹が立つはずなのに、俺は電話を終わらせることが出来なかった。