呼吸を止めて…-1
「…ねぇ、裕介先輩、知ってます?」
助手席からの突然の問いかけに、俺はカーステレオのボリュームを絞る。
お互いの声が程よく聞こえるまで落とすと、視線だけ彼女に移す。
「トンネル通るときに、息を止める理由。」
あまりにも突拍子のない彼女の言葉に、俺は相槌を打つことも忘れ彼女を見入った。
「あれ、やりませんでしたか?子どもの頃、トンネルに入る時に…」
そういって彼女は綺麗に通った鼻をつまんでみせた。
「あ、いや。やったよ、俺も…」
慌てて答えると視線を前に戻した。
彼女は満足気に笑うと話を続ける。
「あれって、ふと思い出した時にみんなで『競争〜』とかってやりましたよね?」
俺は相槌も打たずにひたすら運転に集中する。
頭の中で警鐘が鳴る。
聞いてはいけないと本能が告げている。
しかし彼女の話は終わらない。
「そういう時って必ずトンネル内に居るそうですよ…」
ふいに対抗車線のトラックの人工的な光りが車内に射し、彼女を照らした。
その顔はぞっとするほど青白く、美しい筈のそれはこの世の物とはとうてい思えなかった。
「『人じゃないもの』が…」
急に車内の温度が下がった気がした。
俺はハンドルに力を込めて握り直す。
頭の中に警鍾が鳴り続ける。
云い表せない不安と、圧迫されそうな焦燥感に押し潰されそうになるのをなんとか堪えた。
「だから、息を止めて『死んだふり』をしないと連れてかれちゃうそうですよ」
そう云って彼女は前方を指差す。
その先にあるもの。
暗闇の中にぽっかりとオレンジ色の入口がぽっかりとあいている。
トンネル
改めて認識した瞬間、背中に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
ハンドルを握る手にさらに力を込める。
「ちゃんと、止めてくださいね」
「今日は送っていただいてありがとうございました」
ぺこりと礼儀正しく頭を下げる彼女を見て、なんともやりきれない心持ちになった。
あの後、無事にトンネルを抜けてあからさまに安堵の溜息を漏らした俺に、彼女はあっけらかんと『な〜んちゃって』と言い放ったのだった。
思い出すだけで、情けないやら恥ずかしいやら…
あんな作り話を簡単に信じた馬鹿な俺を呪いたくなった。