夏みかん-1
通学路にある長い長い坂。
行きは下りで楽だけど、帰りは登りだから辛い。特に夏は暑いから更に大変。
今日も、重い自転車を引きずりながら、ゆっくり登っていく。
「うぅー、暑いー!」
誰もいない坂道の途中、菜智は独りごちった。と言っても大声なので、寧ろ叫ぶに近い。
我が家は小高い丘の上にあるので、帰るにはどうしてもこの坂を登らなければならないのだ。
一日の終わりに、こんなに長い坂道を登るのは、拷問に近い。
そんな場所に家を建てた祖父達を恨みつつ、疲れた体に鞭打ちながらよたよたと坂を登っていく。
ようやく頂上に辿り着き、ふぅーと一息ついて、うっすらとかいた汗をタオルで拭った。その時
ふわり
甘酸っぱい柑橘類の匂いがした。
どこから匂ってくるんだろう。そんなことを考えていると、
「谷原ー!」
今しがた登ってきた坂の方から名前を呼ばれドキッとした。
声だけで、振り向かなくても誰か判かる。
必死でドキドキを抑えて振り向いた。
「崇じゃん。こんな時間に珍しいね、今日部活ないの?」
「おう。コーチの都合で休み。」
崇と呼ばれた日に焼けた少年は、二カッと笑いVサインをした。
菜智もそっかと言い、つられてニコッと笑った。
私と“崇”こと今神崇は、小・中・高と同じ学校で、所謂“腐れ縁”と言うやつだ。
好きと自覚したのはつい最近のこと。
ありきたりだけど、部活をしているときの、真っ直ぐで力強い目を見て
恋に落ちた。
本当はもっと前から好きだったのかもしれない。
しかし、崇を意識して、“好き”と思ったのは、その時が始めてだった。
そのときから、崇は“友達”から“好きな人”になった。
「途中まで一緒に帰ろーぜ。」
そう言った崇の声で、私は現実に引き戻された。
「う、うん」
菜智があんなに苦労して登った坂を、今神は自転車に乗ったまま難なく登りきった。
「すごいね。さすがサッカー部のエース」
菜智が褒めると、今神は照れ臭そうにはにかみながら、汗を拭いた。
ふわり
また、柑橘類の香がした。
この近くに、果物の木なんてあったかな?
菜智は首を傾げ記憶を探ったが、思い出せそうにないので諦めた。