THE UNARMED-6
3. 感情
――四季のあるガルシア王国の八月は暑い。
俺はだるい訓練をさぼって、木陰でまどろんでいた。
傭兵で構成される部隊の訓練であるが、この訓練の指揮も奴がやっている。
ひとりくらいいなくたってばれやしないと、俺は毎回この訓練をさぼっていた。
しかし、だ。
「此処にいたか」
俺が目を開けると、そこにあったのは奴の顔だ。
「ヴィクセル、貴様やる気があるのか? 『狂犬』とあだ名される貴様の腕は知っている。しかし、それが訓練を休んでいい理由にはならんぞ」
久々に見る奴の顔に久々に聞く奴の声。
眉を顰めて口元を歪めたレイチェルに、俺は言う。
「てめえの下ではやる気が出ねえのさ」
「……あくまでそう言うか」
俺の傍らに腰を下ろし、レイチェルは晴れた空を仰いだ。
木々から零れる光を眩しそうに手のひらで遮りながら、レイチェルは言った。
「まだ私を……騎士団を憎んでいるのか」
それから自嘲するように、レイチェルは笑う。
「当然か。行くあてがないと知っていながらお前を追い出したのだから」
「忘れろったって、無理だ」
レイチェルの顔が曇った。沈んだ奴の表情が、俺の良心を痛める。
別に俺が悪いわけでもないのに。
「だが、そんな昔のことをねちねちと恨んでるほど、俺は根暗じゃない」
奴のその哀しげな表情に思わず俺がそう言うと、今度は普通に笑みを見せる。
冷静で冷淡かと思えば、ガキみたいに表情を変えやがる。
「ならば何故、私を避ける? 酒場でのことを怒っているのか?」
俺はその言葉に、暫し沈黙した。
そして鼻を鳴らし、奴を睨み付けながら言う。
「酒場のことは、まあ忘れてやる。タマァ蹴られたことはそりゃ許せねえが、それより俺が許せねえのは」
そこまで言って、俺ははっとレイチェルの視線に気が付いた。
鋭い瞳を刺すように俺に向け、奴は至極冷たく低い声で言った。
「『女なんかが命令すること』と言ったら、貴様、殴るぞ」
俺は嘲るように笑う。
「は……俺の言いたいことを良くご存知で」
言った瞬間、突然胸倉を掴まれた。
レイチェルは鋭く剣呑な光を浮かべた瞳を真っ直ぐに俺に向ける。
そして先の言葉通り、俺の右頬に打撃が与えられる。
「別に『言った』わけじゃない」
「言ったも同然だ」
予想の上を行く頬の鈍い痛みに、俺が屁理屈をこねると、レイチェルはそう言った。
「私が何よりも許せないのは、ヴィクセル、貴様のような――人間を人種や外面だけで判断する輩だ」
「当然のことを言ったまでだ」
俺も反論する。胸倉を掴む奴の右手を振り払い、俺は言った。
「女と男、力の差は歴然だ。女なんか足手まといに他ならねえ。第一士気に関わる。お前等のような『お飾り』の連中の、特に『お飾り』なお前が俺等を指揮するなんざ……」
言いかけて、俺は二度目の衝撃を喰らい、その痛みに顔を顰めた。
「……そこまで、言うか」
レイチェルの声は、おそらく怒りからだろう、震えていた。
拳を握り締め、奴は唇を噛み締める。
「剣を取れ、ヴィクセル。私と手合わせをしてもらおう。単なるお飾りかどうか、貴様のその目で確かめてもらう」
レイチェルは立ち上がると、腰のレイピアを俺に向けた。
ただただ冷たい瞳が俺を見据える。
レイピアの切っ先とレイチェルとの顔を交互に見やってから、俺は少し驚いたような表情をする。
「出来ないと言うのか?」
奴は冷たく言い放つ。仕方なく俺も立ち上がり、気乗りはしないが剣を抜いた。
正気か? 一体どうしたと言うんだ?
胸当てと膝当て、篭手だけの軽装で、男とやり合うなど。
仮にもこいつは騎士長だ。こんなことが上にばれたら、一体どうするつもりなんだ?
――何故、此処までむきになる。
「どうした、来い」
レイピアでの突きが俺を襲う。
レイチェルはそこらの女より力があるとは言え、女だ。
しかしその女が殆ど片手で振れる程に軽いこの剣の最大の利点は、その素早さ。
避けたと思えば顔の横を掠める切っ先――俺の頬に赤い線が走る。
「ちッ」
(くそったれ!)
ギィン、と剣と剣とが火花を散らす。俺が両刃の片手剣を振ると、奴は後ろに飛び退いて、俺の隙を狙う。
剣呑な切っ先は瞳と同じだ。俺を耽々と狙う。
レイチェルが地を蹴り、俺に向かって剣戟を繰り出した。
最初の一撃を剣でもって受ける。手に痺れるような感覚が残ったが、俺はもう一撃を再び剣で受けた。
そしてもう一撃――それを身体を捻ってかわした俺はレイチェルの背後を取る。