THE UNARMED-17
8. 後朝
「――認めたくなかった」
シーツに包まり、レイチェルは呟きを漏らす。
白い背中を見つめながら、俺は奴の独白を聞いていた。
「あの人が亡くなった時も、何故お前がついていながら……と。死を悲しむより、お前の至らなさに腹が立った。それに気付いてから、お前のことばかり考えてしまうようになって……」
「いや、それよりもずっと前――いつからか、私の心の中はお前ばかりになっていた。お前は剣において決して私を認めなかったな。でも私はお前に認められたかった。きっとその辺りからだ、お前のことばかり考えるようになったのは」
自嘲気味にレイチェルは笑う。
俺は軋むベッドから天井を眺めた。安い宿の天井にかかった、主のいない蜘蛛の巣を眺めていた。
「でもそれを認めたくはなかった」
「俺と、同じだ」
レイチェルの言葉に俺は言う。
「戦場に女がいることが気に食わなかった。実力の伴っていない奴の下で働くなんざ真っ平御免だからな。お前の腕は知っていたが、女と言うことがずっと引っかかっていたんだ。だけどな、サバーカが言ったんだ。あくまでそのことにこだわるのは、お前のことを女として見ているからだと」
レイチェルが寝返りを打ち、俺を見やる。
琥珀の透き通った瞳が俺の黒瞳を見つめていた。
何となく俺は奴から視線を逸らす。
「最初は認めたくなかった。認めたくなかったが……」
静かに目を閉じて呟いた。
「確かに……そうだったんだ」
呟いた瞬間、俺は手のひらに暖かで柔らかなものを感じた。
それは俺の指に絡み、優しく俺の手を握る。
俺もまたレイチェルの手を握り返した。
顔を見合わせ、小さく笑う。
そうして手を握り合わせたまま、俺達は静かにゆっくりと眠りに落ちた。
――夜明けは近いようだった。
白んだ空が、宿の窓から僅かに見える。静寂だけが辺りを支配していた。
「……罪を犯したな、私は」
目の覚めた俺に気が付いたレイチェルは、そう言った。
力がなく、少し自嘲したような口調だった。
「どんな罰が下るだろうな。婚約者であった男を弔ったその日に、他の男と共寝するなど」
俺はレイチェルから視線を逸らし、薄暗い部屋の扉をずっと眺めていた。
何も、言えなかった。
罪を犯したと言うのなら、俺もまた同罪なんだ。
「だがな、ヴィクセル」
刹那、開け放たれた窓からの風で弄ばれたのだろうか、俺の肩にしなやかな髪がかかった。
髪に肩を撫でられて思わずくすぐったさを感じ、俺は思わずレイチェルの方を見やる。
「後悔はしていないのだ」
既に礼装を纏っていたレイチェルは、金の長い髪を梳きながら明けの空を見つめていた。
その横顔が綺麗で、俺は思わずそれを声に出してしまいそうになる。
「そうか」
誤魔化すように、少し間が空いたが俺は答える。
そしてまた暫く間を置いてから、問うた。
「……それは、俺がお前に抱くのと同じ感情を、お前も抱いてるってことでいいのか」
「回りくどい言い方をするな、頑固者」
確かに、今のは少し回りくどかったか。
しかし訂正するのもまた照れ臭い。
「側にいると、胸が熱くなる……そう言うことだろう?」
レイチェルの言葉に、俺は笑った。
「そう言うことだ」
そしてベッドに横になったまま、何とはなしにその金の髪にそっと触れる。さらりとすくった俺の指の間から、それはまるで水のように流れ落ちた。
「それにしても、お前……初めてだったんだな。俺は、その、てっきり……」
身体を起こし、頭を掻きながら俺がそう濁らせながら言うと、レイチェルは静かに答えた。
「あの人とは形の上での許婚だった。彼は私の憧れで、尊敬していた人だったんだ」
遠くを見つめる奴の横顔に、俺は再び見とれてしまう。
そして、この女があの許婚を単なる憧れと見ていたことに、少なからずの安堵を覚えた。
「お前が、初めての人だ」
目の前のレイチェルを眺めていた俺は、その唐突な言葉に思わず顔を赤くさせる。
柄にもねえ。
だが、この妙な照れ臭さを感じているのがやけに心地いい。
サバーカ。お前の言葉がなけりゃ、こうしてレイチェルとふたりベッドの上で話すなんてこともなかったかもな。
今回ばかりはお前のお節介に感謝するよ。