『北鎌倉の夏〜後編〜』-3
また夕方がやってくる。
いつの間にか、蜩(ひぐらし)が鳴き出すようになっていた。
もう夏休みも、残り十日を切っている。
帰らなきゃ、という気持ちと、まだ大丈夫という気持ち。
また、あの東京に帰らなきゃいけない。
セミロングに切ったばかりの髪に、手を通した。
「髪、切ったね。」
「うん、暑いから。」
「そっちの方が、瑞穂らしい。」
似合ってるよ、と笑顔で言われ、鼓動が速くなる。
…とっくに気付いてたけど、改めて、久人の事が好き。
「ねぇ久人。」
「ん?」
「あたしが…東京に帰ったら寂しい?」
「…寂しいよ。」
「何っ?今の間は!」
「冗談。ほんと…寂しくなる。」
笑顔で答える久人の顔を見て、ふと思った。
…久人にとって、あたしは何だろう。
すごく簡潔だけど、すごく分からない疑問。
友達?妹?
「いつ、帰るの?」
「…明日の朝。」
「………。」
「………。」
蝉がうるさい。
風鈴の音が切ない。
「あたし、受験頑張るから。」
だから…
「また、来るから。」
黙って笑う久人の笑顔を目に焼き付けたい。
「…いつでもおいで。」
いつも通りの笑顔が、嬉しくも切なかった。
余裕で笑っていられるから、久人は寂しくない。
あたしは今にも、泣き出しそうなのに。
「東京に疲れたら、戻っておいで。」
「…うん……っ。」
久人と離れて東京に帰るなんて、なんて辛いんだろう。
東京の狭い空。
見上げても、息苦しくなるだけ…
高くそびえ立つ高層ビルの森が、立ちくらみを起こさせる。