『北鎌倉の夏〜後編〜』-2
「冷たい物でも飲んで行かれますか?」
「え……、はい。」
思わず頷いてしまったのには、自分でも驚いた。
お寺の前を通り過ぎて、自宅らしき家に案内される。縁側に腰掛け、出された冷たい麦茶に口を付ける。
隣を見ると、何処からか入って来た猫を撫でてやる彼が目に入った。
「……。」
優しい横顔。
見てるだけで心が静かな幸せで満たされる。
それからというもの、昼ご飯を食べた後に彼を訪ねるのがあたしの日課になっていた。
「…瑞穂でいいよ。」
「俺の事も、久人でいいよ。」
久人は23歳だという。
去年大学を卒業して、住職を継ぐため今は修行中らしい。
あたしは毎日、昼下がりから夕方にかけて久人と過ごす。
「修行中なのにいいの?」
「大学で基礎的な事は身につけたし、この時間帯は自由に出来るんだ。」
少し暑そうに、墨染めの袈裟の襟元をパタパタと動かし風を作りながら、久人は答えた。
「…いい所、だね。」
空を見上げれば入道雲が向こうから上がってくる。
蝉が鳴く。
時々軒下で、風鈴が澄んだ音を鳴らす。
「東京の空気に比べれば、だいぶ綺麗だと思う。」
目を閉じた。
吸い込んだ綺麗な空気が、体内に行き届く感覚。
…気持ちいい。
「スイカ、食べようか。」
そう言って久人はスイカを持ってきてくれた。
八分の一程に切られたスイカをそのまま口に持っていく。
「種、飛ばして構わないから。」
そう言ったかと思うと、久人は口から種を二つ吹いた。
種は、庭の木の下の草村に落ちた。
「ははっ。ほんとにやっていいの?」
「あぁ、後で片付けとくから。」
「じゃ、あたしも手伝う。」
本当に、久人といる時のあたしは素でいられた。
飛び散った種をホウキでかき集め、更に汗をかいた。扇風機の前に、二人で並んで座った。
子供みたいだ、って自分達を笑った。
6年の歳の差が無いようにも思えた。
でも、あたしが笑うとその隣でこっちを見て微笑む久人の顔は、やっぱり大人の物に見えた。