裏切り (3) 夫には内緒で-2
ほぼ2ヶ月ぶりに再会した二人はランチでのおしゃべりで旧交を温める。
ICレコーダーの中のゆきの声は弾んでいた。
少しよそ行きでわずかに異性への媚びを感じる女の声。私とデートを重ねていたころを思い出す。
「ゆきさん、後でアレ乗りませんか?」
レストランの外に見える観覧車を指さしてZが言った。
「なんか変なこと考えてるでしょ?」
「そんなことないですって。ゆきさんみたいな美人と乗れたら嬉しいのは確かですけど」
「男の人と二人きりで観覧車なんて久しぶりなんだけど」
もったいぶりながらも、どこか嬉しそうなゆき。
「ちょうどよかった!じゃあ乗りましょう」
「もう。見られたら言い訳できないじゃん」
「誰に見られるんですか。周りに知ってる人いませんから」
「まあそうだけど。うーん、パパには言わないでよ。怒られちゃう」
まだ不倫ではないと、かろうじて言えるのはここまでだった。
観覧車に乗り込んだゆきは、そこでZとキスをした。
夫以外の男と観覧車という密室で二人きり、向い合せでなく隣り合って座ることにゆきは抵抗を示さなかった。
手をつなぐと、さすがに一瞬びっくりしたように目を丸くしてZを見つめ、それでも顔を寄せていくZに対し、目を閉じてキスを受け入れる意思を示したという。
「ゆきさん、ドキッとしちゃうくらい綺麗でした」
デート仕様のメイクとファッションに身を包んだゆきは、清楚でありながらどこか華やかでキラキラ輝いて見える。
私も恋人時代のデート中、すれ違う男の視線がゆきに釘付けになるのを見て優越感を感じたものだ。
そんなゆきとキスするなんて、私でももう長らくそんなことはしていない。
「緊張で唇が少し震えてて。可愛かったですよ」
ゆきの、揺れる心が伝わってくるようだ。
相手がもう何度もセックスした相手であっても、それは夫の強い要望のもとで行われたこと。
このキスは違う。受け入れれば「不倫」という一線を初めて越えることになる。当然ながら、このあとのセックスの同意までほぼ含まれることくらいゆきだって理解している。
そういう重い意味を持つキスを、ゆきは受け入れた。
互いについばむように唇を重ね合わせる二人。五回、六回と数を重ねるごとにキスは長く、深くなっていく。
Zの手がゆきの胸に伸びたとき、ゆきははじめてZを制して言ったという。
「遊びでこんなことしちゃダメ」
精一杯お姉さんぶってはいるが、声は弱々しい。
「じゃあ本気でします」
「本気はもっとダメでしょ?」
泣き笑い。瞳は潤んでいたという。
陥落しそうな自らの貞操に涙を流す妻に、聞いているこちらの心が掻きむしられる。
「今だけならいいでしょう?今だけ本気にさせてください」
「……」
「デートが終わればすっぱり忘れます。迷惑はかけません。Oさんにも内緒です」
ゆきの手をぎゅっと握るZ。
「一緒にいるときは本気でゆきさんのこと、愛させてください」
「……」
なにかをまさぐるような音。
「このお調子ものーー」
やはり泣き笑い、しかし微かに笑みが勝ってきた。
男に媚びるときの少し鼻にかかったゆきの声、しっとり甘ったれた女の声。
ゆきが今、堕ちた――。
Zがダメ押しする。
「ゆきさんみたいな魅力的な女性と二人きりで本気にならないなんてできません」
キスの音。
「そんなこと言っちゃだめ」
チュッ、チュッという湿った音が会話の合間合間にさしはさまれる。
「言います。本当だから」
「本当にやめて……」
「どうして?」
「だって……」
チュウと吸い付くような深いキスの音。
「……嬉しくなっちゃうから……」
このときゆきはZの首に手を回し自分からキスしてきたという。
もうZに、胸やスカートの中に手を入れられまさぐられても抵抗することはなかった。
ショーツとストッキングの上からでもわかるくらい、ゆきの股間はもうびっしょり濡れていたという。
*
ラブホテルのエレベーターホール。
「ねえZくん、今日会うこと……パパに言った?」
「テキスト受け取りに行くのは言いましたけどそれ以上は。ゆきさんはランチ行くこと言ったんですよね」
「ううん、実は言ってないの……」
「相談しなかったんだ」
「ランチだけだと思ったし。言う必要ないかなって」
本当にランチだけのつもりなら言えばいい。なぜそれをしなかったのだ。
「だから全部、今日のことは内緒にしてて」
「わかりました」
エレベータに乗り込む音に続けて衣擦れの音が聞こえてきた。
「……ん……はぁん」
ゆきの吐息。エレベーターの中でいったい何をやっているのだ。
「だめでしょ……もう……ぁん!」
拒否しながらも楽しそうな照れ笑いと喘ぎ声。キスの音。
部屋に入った二人はもう我慢出来ないとばかりにすぐ行為をはじめた。
カメラの前で服を脱ぎ下着姿になったゆきは、思わず息を呑むようないやらしさだった。通販の下着モデルにいそうな、スリムでありながらむっちりした肢体。丸みを帯びた乳房と尻たぶにショーツとブラジャーの生地がぴったり張り付いて、わずかに肉がはみだしている。不倫相手として完璧なプロポーション。
それにこの下着は、前の晩私とのセックスのときに着用していた地味な下着ではなかった。今朝私を送り出したあと、新しいお気に入りのブラジャーとショーツにわざわざ着替えたのだろう。
出かける前からもう自分が不倫してしまうことを、予感していたのだ。