梨花-24
「そんなんで学校は何も問題無かったのか」
「うん、いろいろあったけど高校2年の時の進路相談の時が一番困った」
「で、どうしたんだ?」
「隣のおばさんに『就職させますからそのようにご指導下さい』って手紙を書いて貰った」
「それじゃ学校は高校生のお前がひとりで暮らしてるって知らないまま過ぎちゃったのか?」
「うん、いろいろ悪知恵働くから」
「それにしても考えられんような話だな、それは」
「そうでしょ。こんな話私他人にしたの初めてなのよ」
「そりゃまあ人に聞かせたいような話じゃ無いものな」
「そうよ。よく私真っ直ぐ育ったって感心しない?」
「ああ、素直に感心する。その話を聞いた今でも信じられないくらいお前は真っ直ぐだと思う」
「ありがとう。でもそんな育ちだから心の奥底に凄くひねくれた厭な部分があるのよ」
「そうだな。でもそれを自覚して自分で注意している所が又偉い」
「厭だな。そんな素直に褒めてくれるなんて思わなかった」
「いや、口で言うのは簡単だが、高校生がひとりで暮らしてキチガイにも不良にもならずに育ったっていうのは殆ど奇跡みたいなもんじゃないかと思う」
「うん、崩れかけたことは何度もあった」
「何が支えになったんだ?」
「別に支えなんて何も無かったわ。だけど私って底抜けの楽天家でしょ? あんまり深刻に考えつめたりしないのよね。それが良かったんじゃ無い?」
「そうか、それは大変だったな。お前が何着ても殆ど人目を気にしない強さを持っているのはそういう訳だったんだな。これからは俺が支えてやるからな」
「うわー感激。泣かせるー、こら、色男」
というような話を実は一緒に暮らすようになって1年くらいして交わしたことがある。だからオサムとしては漠然とだが梨花といずれ結婚するという気持ちはあった。そういう気持ちが無くてこういう育ちをした人と夫婦ごっこみたいな生活は出来ない。それ程オサムは残酷な人間では無い。ともかくそういう事情で梨花の方の親戚には結婚を知らせるべき人がいないと言う。だからオサムの少数の友達と梨花の大勢の友達、その他にはオサムの兄姉だけに印刷した葉書を配送した。その文面は次のとおりである。
『私たち2人は200*年**月**日**区役所に婚姻届けを提出して夫婦になりました。結婚式や新婚旅行は2人の考えにそぐわないので行いません。人を集めての披露パーティもやりません。祝ってくださる方はどうか言葉だけお寄せ下さい。金品の進物はすべて固辞させて頂きますのでどうか世間一般の風習に従った祝い方はご容赦下さい。
尚、2人は以前から同居しており、結婚後も2人とも生活全般何も変わりません。どうか以前と同様にお付き合い下さるようお願いします。
200*年**月**日
東京都**区**町*丁目*番地
***マンション****号室
坂 本 オ サ ム
坂本梨花(旧姓森村) 』
末尾に『お近くにおいでの節はどうかお寄り下さい』と付け加えるのが普通だと印刷屋が言い、梨花もそうしようよと主張したが、オサムはこれでいいと譲らなかった。本当に来てほしい人には電話でそう言えばいいというのである。
それでもその葉書を出してから数日後オサムの家の電話は急に忙しくなった。オサムの出した葉書なんて数えるくらいしか無いが、梨花はかなりの数を出したのである。