梨花-21
「何だそれは? もう金なんか無いぞ」
「いいの、私が買うんだから。だからお金の心配はしないでいいの」
「何でそんな指輪ばっかり買うんだ? 第一俺は指輪なんか要らないぞ」
「ダーメ駄目、今のは婚約指輪で、これから選ぶのが結婚指輪なんだから」
「えっ、そんなこと突然言うなよ」
「いいのいいの、気にしないで私に任せなさい」
「それは代金のことだろ。それより婚約だの結婚指輪だのって一体何のことなんだ」
「後でゆっくり説明して上げるから」
店員の前でぐずぐず言い合うのは厭だからオサムは黙ってこの場は成り行きに任せることにした。今度はオサム自身があれこれ色々な指輪をはめさせられて、その度に
「どう? 気に入った? やっぱりあっちのがいい?」
と梨花が聞いてくる。オサムは辟易して
「俺のはなんでもいいから、お前はお前のやつを選べ」
「なんで? 結婚指輪はお揃いに決まってるからオサムが気に入ったの選べば私は選ぶ必要なんか無いのよ」
「それじゃこれが気に入った」
「そんな投げやりは駄目。ちゃんと選んでよ」
「あのな、俺は指輪に全然興味無いから、どれ見ても同じにしか見えないんだよ。だからお前が好きなの選べ」
「そうか。それじゃそうさせて貰うね」
梨花はそれから更に1時間以上かけて金とプラチナの組合わさったシンプルな物を買った。値段は二つ合わせても10万しなかった。
「俺の指輪が5万円、お前の指輪が二つ合わせて48万円。どうしてそういうことになるんだ?」
「しょうが無いじゃない。結婚指輪はそんなに高いものじゃなくていいの」
「御都合の宜しいことで」
「本当なんだってば。その代わり何か買って上げるから。服でもライターでも何でも」
「嘘だよ。ちょっとからかっただけだ。俺は別に何も欲しくない。それより後でゆっくり説明するって言ってた話しを聞こうじゃないか」
「ああ、あれね」
梨花はどこから話始めたものか思いあぐんでいたようだが
「オサム君ネ」
「何だよ、急にオサム君ってのは。君なんか付けんなよ、気持ち悪い」
「うん。オサム、私のこと愛してる?」
「『うん愛してる、それじゃ結婚してくれる?、うんいいよ結婚しよう、だからね指輪を買ったのよ、ああそうかなるほどそうだね』ってお前そういうことなのか?」
「私の分まで言ってくれなくてもいいわよ。でも早い話がそういうことになるんだけど」
「一体いつからそんなこと考え出したんだ?」
「怒ってる?」
「いや。指輪買っただけで勝手に結婚届け出しちゃった訳じゃないから、怒ってはいないけど」
「勝手に結婚届け出しちゃったら怒る?」
「出しちゃったのか?」
「怒る?」
「絶句」
「絶交?」
「違う、絶句。驚いて言葉を失うこと」
「ああ良かった。絶交のことかと思った」
「お前いつから結婚したくなったんだ。そんな話全然しなかったじゃないか」
「うん。この間皆で会食したでしょ。あの時から」
「なんで?」
「だってみんな仲が良くて楽しそうだったんだもん」
「お前って本当に子供だな」
「なんで?」
「荻窪の兄貴な、あれは愛人がいるんだぞ。それに中野の兄貴は謹厳実直、面白みは何も無いっていうおやじだけど、あれでソープ通いが唯一の趣味なんだ」
「えーっ、それって本当なの?」
「本当だ」
「全然付き合い無いのに何で知ってんのよ」
「中野の姉さんから前に聞いたことがある」
「それで中野の姉さんは平気なの?」
「知るか」
「荻窪の姉さんは知ってるの? お兄さんに愛人がいるって」
「さあ、多分知らないだろう。知ってたらあの人の性格じゃ我慢なんかしないだろうからな」