梨花-12
梨花が帰ると、仕事があるからと一足先に帰ったオサムがパソコンの前に座って眠っていた。モニターには何やら訳の分からない数字や記号が並んで表示されている。オサムはフリーランスのプログラマーなのである。思いつきが大事なようで、どんな時でも何か思いつくと飛んで帰ってパソコンに向かうのである。そのくせそのまま居眠りしてしまうことが多いのだから飛んで帰る程のこともないのにと思う。しかしいずれにしてもオサムの仕事は梨花には全く理解出来ないし、口出しもしない。
梨花は眠っているオサムの口に軽くキスするとシャワールームに行った。輸入品の強い香りがする石鹸で体を洗い、純白のボデイコンを着た。これは両脇が上から下まで紐でクロス状になっていて大きくあいている。下着を付ければそのサイドスリットから丸見えになってしまう。何か着るとすれば胸まである全身タイツを着るという手もあるが、そうするとトイレが面倒だ。クロッチが開いているタイツもあるが、それはちょっとオサムの好みでは無いというので自然オサムの好みに影響されてしまう梨花もそういうタイツは敬遠してしまう。股に穴が開いてるタイツなんて間抜けた感じがするから厭だと言われるとそうかも知れないと言う気になってしまうのだ。 だからこれを着る時は下着を付けない。浮き出したというより突き出た乳首もそのままに梨花は買って貰ったピンヒールを履き、ワンピースと同色の白いエナメルのクラッチ・バッグひとつ抱えて出かけていった。待ち合わせの場所までタクシーで5分と掛からない。行くと既に約束した客は人待ち顔で立っていた。
「昨日は一旦家に戻ったのか、それともヨーコの家から直接出勤したのか?」
「戻ったよ、ポカンと口開けて居眠りしてたじゃない。私が同じ服装で続けて出勤すると思う? そんなみっともないことしないわよ」
「それってみっともないことなのか?」
「そうよ、恥ずかしいじゃない」
「これしか無いのかって思われるからか?」
「それもあるけど、外泊しましたって言ってるようなもんじゃない」
「そうか? すると俺が以前勤めていた時なんか夏服と冬服と1着ずつしか持って無かったから、俺は毎日外泊してると思われてたのかな?」
「誰も思わないよ、そんなこと。小汚い男だなって思われてただけだよ」
「お前なぁ・・・、お前はその小汚い男に惚れたんじゃないか」
「そうよ、何の因果か、魔がさしたのか」
「こいつ。それはそうと明日ボーリングやろうって話があるんだけど行くか?」
「誰と?」
「前の会社で一緒だった奴。お前の知らない奴だけど気のいい奴だ」
「うん・・・、行きたいけど足が痛くて駄目。昨日ピンヒール履いたでしょ。いくらも歩かなかったんだけどそれでも痛くて痛くて」
「そうか、あれはやっぱり観賞用だな」
「そうよ、拷問みたいなもんよ」
「実を言うと俺もあれを履いた梨花と一緒に歩きたいと思ったんだけど駄目か」
「えっ、オサムがそうしたいって言うんなら何時でもそうするよ。明日はまだ痛いから駄目だけど」
「だってまた痛くなるだろ」
「そうだけどそれはオサムの為ならしょうがないじゃない」
「ほう、お前いい所あるな。俺の為なら我慢してくれるという訳か」
「そんなの当たり前」
「段々可愛い女になってきたな」
「そうでしょ。でもあれを履く時はオサムもタキシード着なくちゃ駄目よ。そうでないと釣り合いがとれないから」
「またあれか。あれは勘弁してくれよ。俺も足が痛くなる靴を履くからそれで釣り合っていることにしよう」
「馬鹿ね、そういう釣り合いじゃないわ。見た目の釣り合いを言ってんの。あれを履いたら上はTシャツっていう訳には行かないでしょ、ドレスアップしないと靴にマッチしないでしょ? そうなるとオサムにもドレスアップして貰わないと釣り合わないって言うの」
「そうか? 女がドレスアップして男はカジュアルな服装してるっていうのも、なんか映画のシーンみたいでいいんじゃないか?」
「ちっとも良くないよ、そんなの駄目。オサムも少しはいい男になんなさい」
「俺っていい男じゃないのか。みんないい男だって言うぞ」
「そうじゃない。私の言うことを聞くいい男になんなさいっていう意味」
「そうか。俺に飼い慣らされた犬になれって言うのか」
「違うよ。洗練された狼になれって言ってんの」
「洗練された狼ね。それは何だ? ちょっとイメージ出来ないな」
「優雅で危険な香りに満ちた男」
「つまり俺みたいな感じか?」
「そうじゃ無いからそうなれって言ってんでしょ」
「なる程なる程」
結局オサムはボーリングには行かなかった。出不精で、梨花と一緒でないとなかなか外へ出ようとしないのである。梨花と一緒に外出すると、この素晴らしくいい女が人目も気にせず自分にベタベタしているという事実にオサムは満足を覚えるから出かける気にもなる。梨花は店が休みなのに足が痛くて外出出来ないというので2人は珍しくのんびりと家で過ごしていた。