楠と俺A-1
浅野宮蔵は今日も樟太君の下で『いつも』を読んでいた。理由は昨日までとは違う。またあの娘に会いたかったからだ。
しかし宮蔵は全く本に集中できない。
(楠…楠木…わけ分からん)
宮蔵の頭の中で何かが暴走していた。精神が落ち着かない状態では樟太君に語りかける事すらできない。
(くそっ、もう帰るか…?いやしかし、あの娘がまた来るかも知れない…)
(はぁ?お前会いたいとか思ってんの?馬鹿馬鹿しい)
宮蔵の精神は軽く分裂を始めた様だ。よくある事と思うのは私だけか?
(あぁうざい。もう帰る)
宮蔵の中で帰る派が勝利を修め、宮蔵は本を閉じて立ち上がろうとした。が、止まった。
(あの娘だ…)
その娘楠木香織は、宮蔵を見ると笑顔で近づいてきた。思わずドキッとする宮蔵。
「そう言えば名前聞いてなかったよね?なんて名前なの?」
「浅野宮蔵です。宮って書くキュウです」
「ゾウは蔵?」
「そうです」
宮蔵は香織が自分に興味を持っていると感じ、少し嬉しくなった。
「『いつも』は読んでくれましたか?」
「はい!まだ最初の方ですけど、面白いです」
(…ううっ漸く理解者に巡り合えた…)
その後二人はお互いに自分の話をした。宮蔵は充実感に包まれながら家に帰った。
その後、二人は毎日会って話をするようになった。しかし数日後―
(今日も来たかな…)
宮蔵は樟太君の陰から向こうを窺う。すると、いつもの様に香織の姿が見えた。しかし宮蔵は樟太君の陰に隠れてしまった。それは何故かって?
「香織、何キョロキョロしてんの?」
「うん…何でもない」
香織は友達と一緒にいた。それが宮蔵には香織を護る屈強な護衛兵に見えた。
「いくよ香織」
「うん…」
次の日香織は来なかった。
(俺…嫌われたかな?樟太君)
『そんな訳ないだろ』
『いや…万が一の事を考えると、顔を合わせない方がいいぞ』
二つの声が聞こえた。宮蔵は後者を採択した。
次の日宮蔵はまた樟太君の下で小説を読んでいた。
(習慣は急には変えられないな…)
すると香織の姿が見えた。今度は男と一緒だ。すかさず宮蔵は隠れたが…
(気付かれたか?)
隠れる寸前、香織がこちらを見た気がしたのだ。しかしいつまで経っても香織は来なかった。
(よかった…ってよかったのか?あいつは…?)
不思議とあまりショックは受けなかった。
そしてそれ以後宮蔵は公園で小説を読むのを止めた。