有為転変-2
「ふーん、こんな美人がこんな奴に靡くとはなあ。めっちゃ健康そうやな。」
俺たちの夜は変わらない。変わってたまるものか。
俺は飲み屋でアンカを紹介した。伊月、渡部はもちろん、ひいなさんもそこに居た。
「体育会だから、頭のいいお話には付いていけません。」
「Why don’t we speak English? 」
伊月がいきなり英語で話したのを渡部が
「出たな帰国子女。」
しかしアンカは
「英語、分かりません。ルーマニア人だよ。」
「ルーマニアって、日本人は知らないよな。」
帰国子女はあっさり日本語に戻った。
場を仕切りたがる渡部が
「ひいなさんは日本酒、アンカさんはワインか。俺らはビールやな。」
すると
「あたし、一升瓶がいい。」
「あたしもボトルで。」
よく飲む女二人がいたものである。アンカへの自己紹介がてら、俺たち男だけが話す間じゅうも、止まることなく飲み続けていた。
「文学部の人、いつもどんな話してるの?」
アンカの質問に
「まあ、ここ一年くらいは、よだかの星と下ネタやな。」
「よだかの星って?」
「宮沢賢治の童話だよ。」
「でも、よだかの星そのものの話なんか、してねえだろ。ウーパールーパーとか、動物の権利とか、マッチ売りの少女とか」
「最後のは下ネタの方や。」
「アンカは、動物に権利あると思う?」
俺が振ってみた。
「無いんじゃない? だって、動物の義務ってないよね。」
考えもせず即答した。しかし渡部は感心して
「それ、おもろい。」
伊月が
「現代社会の感覚の問題として、出産や死が生活にないとか、スーパーの肉と生きた豚が結びつかないっていうのは、教育の方ではある。」
「みんな誰かが殺しとるのを知らんくて、もし自分で殺して食え言われたら、できるかっちゅう話やな。」
「動物実験もそうだな。」
「あたしも、魚は見てられるけど、ウサギとか牛とか目の前で殺されたら、食べられないかも。」
ひいなさんが言った。聞いたアンカは
「人によって、可哀想だと感じる範囲が違いすぎない?」
「それな。」
ひいなさんが
「自分で殺したものしか食べてはいけない、って決めたら?」
アンカは
「狩猟採集生活にみんな戻る?」
「逆に、人間の自然権って、どうよ。」
投げかけた俺に伊月が
「あれは、条文から神が抜けたらただの人間の決め事だよ。自然界にそんな法則、ねえだろ。」
そのうち下ネタに行くかと思ったが、その日は行かずにその話題で盛り上がった。
「楽しかった。あんな話、した事ないよ。」
帰り道、アンカは俺に腕を組んできて、そう言った。
「外泊届、出してあるから、今日も一杯できるよ。」
「うちですると、隣に聞こえないかな。アンカ、叫ぶから。」
「あっ、ゴキブリ!」
高橋先輩かと一瞬思って焦ったが、本物のゴキブリだった。
「これを踏むか、踏まないか。」
「やめときなよ。何にもしてないだろ。」
「これからするかもよ。さっきの話と同じだね。あたしには踏む自由と理由がある。でも、それをすると、弘前君が悲しむ。または怒る。だからあたしは踏まない。」
「俺は可哀想だと思うから踏まない。踏まない自由と理由がある。でも、踏まないと怒る人がいる。それでも踏まない。揉め事になる。」
「そのあいだにゴキブリはいなくなる。ほら、行っちゃった。」
「飛んで帰ろうか。」
「それ、ピーターパンみたいで素敵! じゃあさ、あの子のところに今から行ってみない? 二人で。」
「藤澤なんとかさん?」
二人とも酔っていた。俺たちは服を脱ぐとそれぞれに変身し、月のない夜空へ飛翔した。