探偵、依頼受付中 【遺言】-1
初夏の日差しもまだ弱い早朝。今日も大継望は朔夜探偵事務所に向かい歩みを進める。が、歩きながらあることを考えていた。
(まともに仕事が無いのにどうして毎朝早く出勤しなきゃいけないんだろう?)
そう、彼女の仕事は探偵業務(?)とそのサポートである。その内容は尾行、追跡、書類作成や人探し等……。
朝早くから出勤する必要は特別なケースを除き無いはずなのだが、なぜか所長である朔夜命が早く出勤するように命ずるのだ。
(今日はそのことを聞いてみよう)
そう決心したころには、朔夜探偵事務所がある雑居ビルの前に着いていた。望はビルのエレベータに乗り『5』のボタンを押す。扉が閉まると少しずつ全身に強い重力がかかる。
望はエレベータが嫌いだった。狭さと、自らにかかる重力により、圧迫感を感じるからだ。閉所恐怖症……とまではいかないが、狭いところは苦手であった。
とはいえ五階にある事務所に行くのに毎朝階段を使うのも気が進まないので、結局エレベータを使用している。
陶器の茶碗を箸で叩いたときのような、コミカルな音と共にエレベータは五階に到着する。そしてエレベータを降りて、すぐ目の前の扉を開け声を出す。
「先生、おはようございます。起きてますか?」
実は望が来るころには、朔夜命はいつもまだ寝ている。そのため、望の『起きてますか?』という挨拶が慣例化しているのだった。しかし今日は……
「おう、望君おはよう」
そこで望に挨拶を返したのは朔夜探偵事務所所長――朔夜命その人である。170cmを超える長身は夜のように黒いスーツで包まれている。ほっそりとした体型で胸は少し小さい。美しく整った顔立ちは、まさにモデルのようなキャリアウーマン。誰もがそんな第一印象を受ける女性が立っていた。
「え、先生どうしたんですか? 先生がこんな時間に起きているなんて、今日は雪が降りますよ!」
望はこの事務所に勤めてかつて無いほどの動揺を見せた。そして慌てて携帯電話を取りだし、天気予報を確認する。もちろん雪は降らない。
「あのな、私だって偶には早起きくらいする」
「1年勤めさせて頂いてこんなこと初めてですが」
そして望が一年勤めて出した結論が、朔夜命という女性は朝が似合わない女、ということである。
「そんなことは気にするな。ところで、ちょっと緑茶とウーロン茶のティーパックを買ってきてくれないか」
「あ、はいわかりました」
「領収書忘れるなよ」
そして望は命に言われるがままコンビニへと向かった。
そして望が事務所に戻ってきて……。
「ただいま戻りました」
「お帰り」
机の上に緑茶とウーロン茶を置く。と、命が時計を見上げながら呟く。
「あと30分だな」
「なにがですか?」
「ああ、依頼人が来るのがだよ」
「ええ? 私全然聞いてないですけど?」
「それはそうだろう、一言も言ってないからな」
命はあっけらかんとした態度で答えた。
それに対し望は呆れ顔だ。
「それにしても随分早い時間に約束しましたね」
「依頼人が今日の午後に用事があるらしくてな。まあ、私としても別に何時からでもいいからこんな時間になったのさ」
それでもなんとなく、命が朝起きていることに納得いかない望であった。先生なら仕事より睡眠をとるはずだ、と。