探偵、依頼受付中 【遺言】-2
しばしそんなやり取りをしていると約束の時間になり、依頼人が現れた。そして今は机越しに二人と依頼人は向き合って座っている。
「はじめまして。松本公明といいます」
歳は35歳くらいであろうか、依頼人松本公明はそういいながら名刺を取り出し命に渡した。
それに答え、命も名刺を渡す。望が名刺を覗き見るとそこにはこう書かれていた。
『松本電機産業・専務』
専務!?
「え、松本さんって、あの超大手電機会社の専務でいらっしゃるんですか? そんなにお若いのに!」
望は素直に驚いた。松本電機産業といえば、グループ全体で年商ウン百億を超える業界一、二を争う会社である。その会社の専務をこの歳で務めるとは。
「とはいっても、うちの親父が興した会社ですからね。親のコネで今の役職についたようなもので」
そんな風に謙遜するが、それでも自信と気品を感じられる。
「望君、うるさい。お茶入れてきて。で、早速ですが依頼とはどのようなことで?」
さすがの命もこの前の田中刑事の時とは扱いがまったく違う。
「はい。実は先日わが社の社長であり、私の父である松本明信が胃癌で亡くなりまして」
公明は淡々とした口調で語り始めた。
「それはお気の毒で」
「はい、それで今遺産分配や社内の人事の問題があるのですが……父の専属の弁護士が言うに、父は死ぬ前に遺言状を残したそうなのです」
(専属の弁護士がいるんなら、普通その弁護士が遺言状を預かっているものじゃないの?)
望は公明の前に冷茶を差し出しながら思った。公明は会釈をし、話を続ける。
「その遺言状には遺産の分配方法、自分が死んだ後の社長職の指名などが書かれていて、それがわが社の社長室にある金庫に入っています」
「それでその金庫の番号がわからないといったところか?」
命が口を挟むと公明は深く頷く。
「その通りです。金庫は二重のロックがあり、一つは父がいつも持ち歩いていた鍵。そしてもう一つが14桁の数字を入力するロックです」
そして、一枚の紙を取り出す。
「これがその暗証番号を示す暗号文のコピーです。本物は弁護士が持っています。この暗号を解いていただけないでしょうか?」
命と望がその紙を見る。
『1〜9までの数字で緑色のみのものをすべて選びだせ。そしてその数字を使い、最もポイントを高くしろ。頭は8だ』
「これだけですか?」望が聞くと公明は
「そうです。頭は8というくらいだから、一桁目は8なんでしょうが……」
と困った顔で答える。
「ふむ。しかしこんな暗号わざわざ解かないでも、裁判所の指示に従うなり会議を開くなりして、遺産分配や人事を決めたほうがいいんじゃないか?」
「はいおっしゃるとおりですが、できるだけ父の遺志を尊重したいので」
「ふーん。また面倒なことに……。まあ14桁なら100兆通りの数字を試せば開くからな、頑張ってくれ」
そう言う命はとても面倒臭そうであった。
「あの、頑張ってどうにかなる数じゃないと思うのですが」
公明は額に汗を浮かべながら言う。
「それならダイナマイトやら、なんやらで一発どかぁーん、と」
命はやる気のまったく伝わってこない口調で言った。
「先生、もう少し真面目に考えてください」
「望君、真面目だからって豊かな人間になるとは限らない。色々な道を辿ってこそ豊かな人間になるのさ、この私のように!」
自信満々に親指を立て、自らの胸元を指しながら言う。
「まだ30歳前なのに爺臭いことを……」
命は望のツッコミが聞こえなかったようで、今の言葉を『天才、朔夜命の名言集ノート』に書き込んでいた。