『北鎌倉の夏〜前編〜』-1
別にさ、構ってくれとは言わないけど。
だけどちょっと、こんな時代に疲れたりする。
『今』を生きる高校3年生には、いろいろあるんだから。
鷹山瑞穂、17歳の夏。
茶色に染めた長い髪をかきあげる。
あたしは電車に揺られている。
世間は、楽しい夏休み。
でもあたしは違う。
受験を控えた今年、楽しいなんて言葉は無い。
部活に恋に勉強に…毎日勤しむ高校生を、青春みたいに呼ぶ人もいるけど。
実際問題、そう爽やかなもんじゃない。
人間関係、上っ面だけでやり過ごしてる自分がいる。
ため息をつく。
電車の車窓から見える景色が、心なしか緑に溢れて来た。
重いボストンバッグを膝に乗せ、キャスター付きのバッグも手に、少し強すぎるくらいの冷房が効いた車内に座って、ぼんやり外を眺めた。
…もうすぐ、北鎌倉に着く。
北鎌倉には、お祖母ちゃんの家がある。
受験勉強とその息抜きも兼ねて、この夏休みに泊まる事になっている。
お祖父ちゃんが死んでからは一人暮しのお祖母ちゃんだから、前にも増してあたしを歓迎してくれる。
受験なんて忘れて、思いっきり休めたらいいのに、なんて思いながら、北鎌倉の駅を降りた。
冷たい冷房から放たれた体が蒸し暑い外気に触れて、むせ返るような感覚。
夏だな、と実感する。
さすがは北鎌倉。
歩いてくうちに寺があちこちに見えた。
「よく来たねぇ、暑かったでしょう。」
そう言って優しく招き入れてくれたお祖母ちゃんの顔、またシワが増えていた。
風鈴が鳴って、蝉が鳴いてる。
まるで、競い合ってるみたいに。
昔ながらの日本家屋。お祖母ちゃんの家を表現するとこれしかない。
冷たい麦茶が出される。それを飲み干すと、急に外に出たくなった。
「ちょっと散歩してくるー。」
玄関にあったサンダルを適当に引っつかんで、あたしは財布と携帯をポケットに歩き出した。
そうしているうちに、あるお寺の前まで来ていた。
ここは、鷹山家代々の墓があるお寺。
「折角だからお線香でもあげるか…。」
ふと、死んだお祖父ちゃんの顔がよぎって、あたしは寺へと足を踏み入れる。