『北鎌倉の夏〜前編〜』-2
ピンポーン……
住職の人の家のインターホンを押すと、少しして扉が開いた。
「はい、何でしょう。」
…あれ、こんな人いたっけ。
出てきたのは、まだ若いお坊さん。
その端正な顔立ちで、あたしを不思議そうに見つめてくる。
「墓参でいらっしゃいますか?」
「ぇ、あ…はい。」
お線香を100円玉と交換し、その束を握りしめて墓の前に立つ。
しばらく手を合わせた後、帰ろうとした所を呼び止められた。
「お忘れ物ですよ。」
振り向くと、そこにはさっきのお坊さんが立っていて。
穏やかな笑顔で、あたしの携帯を手に持っている。
「あ…ありがとうございます。」
お線香を買った時に、引き換えに置いていってしまったみたいだった。
「鷹山様の、ご親戚で?」
あたしの手に携帯を置きながら、その人は聞いてきた。
「鷹山宗一の、孫です。」
あたしが答えると、その人は『あぁ』、と頷きまた笑顔になった。
「あの方には、可愛がっていただきました。」
「はぁ…そうですか。」
あたしがそんな返事をすると、その人は困ったように笑った。
「…美千代さんによろしくお伝えください。」
美千代、というのは、お祖母ちゃんの名前だ。
まだ若いのに、檀家の名前をしっかり把握してるらしい。
あたしが黙ったままその人を見つめていたからか、彼は慌てて口を開いた。
「すいません、申し遅れましたね。私はここの住職の息子の、高遠久人(たかとお ひさと)です。」
あぁ、息子か。
どう見たって彼はまだ二十代だから、納得できた。
「鷹山…瑞穂です。」
相手の名前を聞くと、つい自分まで名乗ってしまう。
それを聞いて、彼はまた穏やかな笑顔になった。
「また、おいで下さい。」
「………。」
その笑顔が妙に目に焼き付いて、お祖母ちゃんの家に戻った後も、何だか落ち着かなかった。
最悪だと思っていた夏休みも、何だかそうでもないような気になってきていた。
後編に続く...