秘めた極楽-6
6.
話は3ヶ月前に遡る。紀夫の会計事務所。
「先生、ほうずき市に行きませんかあ」
壁の時計の針が5時に近づくのを見ながら、助手の梨花が所長の紀夫に声を掛けた。
冷房の効いた事務所で、一日中決算書類に追い回された。
「そうだなあ、気晴らしに外の空気でも吸いに行くか?」
妻の由貴は、中国語の特訓とか言って北京に行っている。息子の正は、京都の大学に入学して家を出て下宿をしている。どうせ家に帰っても、楽しいことは何もない。
「先生、あたし、家に帰って浴衣に着替えて着たいんですけど、送っていただけます?」
「うん、いいよ。浅草寺は駐車が難しいから、君を家に送ってからタクシーで行こう?」
「わぁ〜嬉しい」
梨花は、吾妻橋を渡ったの隅田川対岸のマンションに住んでいる。
マンションの来客用のスペースに車を置いて、梨花の部屋に上がった。
五階の部屋から、大川越しに浅草寺の屋根が見える。
「花火のときは、よく見えるねえ」
「普段あまり付き合いのない親戚や友達が押しかけてくるんですようぉ、今年は先生も是非お出でください」
「先生、歩きましょ、普段の運動不足解消です」
まあ、確かにタクシーを使うほどの距離ではない。
嬉々として甘え声を出す梨花が可愛い。
今日明日と二日続きのほうずき市の初日とあって、浴衣がけの人出で大変な混雑だ。店開けの屋台から、威勢のいい声が上がる。
昼間の酷暑の残りの中、道を覆う赤いほうずきと緑に囲まれるとほっと、安堵の息が漏れる。
「事務所に一鉢買ってください」
梨花の甘え声で、手ごろな一鉢を手にした。
軒を並べた店を外れて本堂の裏手に近づくと、梨花の手が絡んできた。
今まで恋愛らしい経験の無い紀夫の胸は、早鐘を打つ。
人影も消えて、近づいた木蔭に入ると、梨花を引き寄せた。
「せんせぇ」
「梨花ちゃん」