『BLUE 青の季節』-23
――だって俺は、好きでやってるわけじゃないから・・・・
「速くなるのは、大切なことだよ。競泳はその為のスポーツなんだから。
でもな、それだけじゃない。何か分かんないけど、正解じゃないはずだ。きっと、それだけじゃ笑えないはずだ」
真っすぐな目で信を見つめる。その奥に心の中に蓄まっていたものが吸い込まれるようにして、軽くなった。辛さも、意地も。
みんな。
みんな・・・・・。
「でも、まだ俺は止まれないよ」
そうだな、とタケルが笑う。
「だから、ちょっとだけスピードを落とすんだ」
首を傾げる信を指してタケルの言葉は続く。
「そうすれば、俺が追い付く。お前の隣で泳ぐことができる。どうだ、少しだけ、余裕ができたろ?」
うん、と信は頷いてみせた。本当に世界が広がって見えるみたいだ。これなら、もう見失うことはない。迷うこともなく、コースを外れることもない。
これからは笑って、肩の力を抜いて、時々周りを見ながら。それでも、気持ちだけは前を向いていよう。
そしたら、水泳がもっともっと好きになるから。
※
「いよいよ、明日ですね」
ベッドに横たわり静かに目を閉じていた遥が呟くように言った。病室にはもう他に人はいなく、朝からずっといたという遥の両親も信が来た時にはすでに帰っていた。
「なんだか緊張しちゃう」
「何でお前が緊張するんだよ。泳ぐのは俺なのに」
信はそう言って椅子にもたれると呆れたような声をだした。
「そうね。先輩がでるんだから心配しないってほうが無理ね」
遥は口に手を当てて笑ってから、苦しそうに咳き込んだ。信が立ち上がって医者を呼ぼうとすると、
「いい、大丈夫だから!」
「でも・・・」
遥は胸を抱えるように耐えながら息を整えた。荒い呼吸を落ち着かせて信の手を握ると、ポツリと呟いた。
「大丈夫だから・・・・ここにいて。お願いだから誰も呼ばないで」
信を引き止めようとしたその左手は、まるで幼い子が親に駄々をこねるみたいに必死で、なんの力もなかった。