『BLUE 青の季節』-21
だけど・・・・
「先輩が、羨ましいな」
去りぎわにポツリと言った彼女の言葉を、信は忘れることができなかった。
※
「真島、ちょっといいか?」
定期のメニューを終え、ゆっくりとプールから上がろうとした信に顧問の木本が声をかけてきた。
「きもっちゃん?」
ゴーグルを外すと、幾分穏やかな目つきの木本が信を見ていた。
今年赴任してきたばかりの新任教員はまだ若く、友達のように接してくれるので生徒達からはかなり人気があった。信もそんな彼に親しみをこめて愛称で呼んでいる。
「話があるんだ。座れよ」
「えっ・・・と、着替えてきてからでいいよな」
「まぁ座れ、なっ?」
半ば無理矢理に信を座らせる。布地が少ないので当然床が冷たい。
怪訝な目線を向けて木本を見る。
「またタイムがあがってるみたいじゃないか。どうしたんだ、お前。どんな心境の変化だ?」
嬉しい悲鳴というよりは、むしろ心配しているといった感じで木本はいった。
「いやー、別に・・・」
困ったように信は笑った。
「それとも、なんか良いことでもあったか?」
「悪いことならたくさんあるんすけどね」
吐き出すように信がいったところで木本の顔つきが変わった。口に手を当ててしまった、というジェスチャーに思わず苦笑してしまう。
「すまん・・・、気に障ったろ?」
信は首を振る。
「いえ、大丈夫っすよ。きもっちゃんの所為じゃないし・・・。それに心配してくれてるんでしょ、俺のこと?そういうの嬉しいよ」
少し間を置いて、木本が頷いた。だけどまだ目つきは険しいままだ。
「うーん・・・」
と唸る木本。
「信。お前、泳いでて楽しいか?」
え?
信は思っても見なかった質問に戸惑った。
「なんでそんなこと聞くんスか?」
返した声は明らかに震えていた。考えてもいなかったことだから。
「水原が言ってたぞ。最近のアイツはおかしいって。タイムもあがったし、サボる回数も減ったけど、それでも前のほうがよかった。前の泳ぎ方が好きだったんだ、ってさ」
そう言って木本はしけったタバコに火を点けた。学校内は全面的に禁煙だったはずだけど、お構いなしだ。