『BLUE 青の季節』-18
――あんなたわいもない数日間がどんなにかけがえのないものだったか、今更になって気付いたんだ。
「・・・どうしたの?」
美津子が心配そうに信を覗き込む。信は首を振ると立ち上がってシャツを羽織った。
「俺、帰るわ」
信がそういうと美津子は明らかに辛そうに眉をひそめた。すぐに顔に出る彼女のくせは小さい頃からの付き合いの信だからこそわかる。それをわざと振り切るのは分かっちゃいるけど胸が痛い。
「待って!」
部屋を出ようとする信を美津子が引き留めた。いつもとは声が違う。
「まって、寂しい・・・・」
「美津子?」
美津子の状態が不安定なのは目に見えてわかる。無理もなかった。遥の水泳部での活躍を一番熱心に期待していたのは紛れもない彼女で、それだけに厳しい練習を課していたのも美津子が責任を感じている一因かもしれない。
――違うよ、美津子。
本当は誰のせいでもなくて、誰かに罪を擦り付けることでもなくて。
・・・あえて問うならば、それは俺のせいなんだ。 お前の言ったとおり俺が悪かったんだ。
言ってやりたい言葉は山程あったのに、なぜか口には出せなかった。
代わりに
「やっぱり帰るよ。もう遅いしお前も早く寝ちまえ」
正直、傷ついた美津子をこれ以上みてるとどうにかしてしまいそうな自分がいて、怖い。
一瞬でもそんなこと考えてしまう自分にムカついて、信は急いで部屋を出ようとした。
ふいに、背中に重みを感じた。シャツをギュッと掴んだ美津子が額だけ身体を預けてきている。
「寂しい・・・・・・好き・・・・」
絞りだすようにして伝えられた気持ちは、美津子の本音だったのだろうか。
「ごめん、ね・・・。急に・・・せこいよね、私」
「美津子・・・」
「遥にも、謝んなきゃ・・・、ごめんねって。追い込んじゃってごめんね、って・・・」
美津子の手に力がこもる。部屋は薄暗く俯いた彼女の表情は読めない。きっと信と同じ顔をしているのだろうと思った。
「こんなことになるなんて、思ってなかったんだ。
信は信で、遥と付き合ってて、私は私で、ずっと友達のつもりで。そんな関係が、一番いいんだって言い聞かせてた。こんな時間がずっと続けばいいって、信じてたんだ。
バカだね。何を根拠にしてたんだろ・・・」
信のなかで沸々と込み上げてくる想いがあった。
今ここで美津子を抱いたらどんなに楽になれるか。
互いの傷を舐めあって、慰め合えれば、このしこりも癒えてくれる。
たぶん、一時だけは。
「わりぃ・・・」
でも、違う。
それは違う。何が正しいのかなんて分からないけど。
「わりぃ、俺・・・」
答えを見つけられるほど、かしこくもないけど。
自分勝手な行動で遥を泣かせるのだけは、間違ってる気がした。