雨の日の思い出 side:B-1
………………
雨が、降っていた。
パタパタパタ、と。時折思い出したように雨が窓を叩く。
既に夜の十時。
部屋着に着替えながら窓の外をのぞくと、案の定誰も歩いていなかった。 ホットミルクを作り、大きいタオルケットをソファに置く。…そう、ちょっと乱れた感じで。
そうしてしばらく雨の音を聞いていると、ふいにチャイムが鳴った。
……いや、ふいではないか。
遅すぎず早すぎず、いつも通りの足取りで玄関に向かう。
ガチャ、とドアを開けると、そこには雨に濡れた彼女が立っていた。
「……どうしてそんなに濡れてるんですか」
「タクシー……で、来たから」
この家は、タクシーで来るには少しわかりづらい所にある。口で説明するより、途中で降りた方が早い。
それに、彼女は毎回濡れてうちに来るのだ。
彼女がソファの上に置いてあったタオルケットで髪を荒っぽく乾かすのを確認すると、僕は彼女から目を背けた。
この後、彼女は濡れた服を脱いでタオルケットにくるまる。
いつもの事だから多少は慣れてきたが、じろじろ見るものではないだろう。
付き合っていないのなら、尚更。
さっき作ったホットミルクを温め直し、ソファに座る彼女の前に置いた。
リモコンを押してテレビをつける。HDDを起動させると、古いフランス映画が始まった。
親父が亡くなった時、僕とお袋に遺されたのは僅かな貯金と膨大な量のDVDだった。
貯金は親父の葬儀にほとんど使われ、これからの生活の足しにしようと中古屋に持って行ったDVDは、映画自体が古すぎて買い取って貰えなかった。
中身を買ったばかりのHDDに移すと、DVDは全て捨てた。維持の大変な一軒家からマンションに引っ越す僕と母には、それらはただ邪魔なだけだった。
その母も今年の三月、心筋梗塞で呆気なく死んだ。
「……ねぇ、眠くなってきた」
そう彼女が言うので、僕は膝に置いていた手をどけて彼女に『枕』を提供する。
僕の膝に頭を乗せながらソファの上で器用に寝っ転がると、彼女はテレビに映る映画を見ながらうつらうつらとし始めた。
全く興味のなかった数十年も前の洋画も、彼女が家に来る度に見るようになった。
彼女が初めてこの家に来た時、偶々つけたテレビでやっていた名作劇場。最初は失敗したかと思ったが、しばらく眺めているうちにこの選択で良かったのかもしれないと思い始めた。
ハリウッドの超大作を見て盛り上がれる程親しくなかったし、近頃流行りの号泣系は先輩が泣いても泣かなくても気まずかっただろう。恋愛映画なんて論外だった。