雨の日の思い出 side:B-2
聞いただけではわからない外国の言葉と、部屋の中で静かに反射する画面の光。
それらはいつの間にか彼女の睡眠導入剤となった。
あの日、僕は降りしきる雨の中彼女と再会した。
最初は無視して帰ろうと思っていた。いくら大学時代の先輩とは言え、今の僕とは関係のない人。止められても迷惑かもしれない。
けれど、傍を通り過ぎる時に見えた表情は、僕を立ち止まらせた。
はたから見たら、酩酊し分別を失くした馬鹿な女に見えるかもしれない。けれど、目に浮かぶ冷静さが先輩が正気である事を示していて。
「……桐谷先輩。なに、やってんですか」
気付いたら、声をかけていた。
酔って間違いを犯すのは良くない。けれど、自らの意志で堕ちるのは、もっと良くない。
この間、偶然居合わせて事情を知った大学の剣道仲間に言われた。『おまえは利用されてるに過ぎない』と。
それでもいいと思う。彼女が眠れるのなら。
彼女がうちに来て数回目、ぽつりと漏らしたあの言葉がある限り、僕は彼女を迎え続けるつもりだ。
「……ここに来ると、すごく気持ちよく眠れるの」
「…そうですか?」
「えぇ、今までで一番。家よりも落ち着くわ。………住んじゃいたいくらい」
「…………………」
何も答えないでいると、僕の膝を枕に向こう側を見ていた彼女は、もぞもぞと動きながらこちらを見上げた。
「……なんだ、寝てるの」
寝たフリをする僕を見てそう呟くと、しばらくじっと見つめられた、ような気がした。
かなり居心地が悪かったが我慢してそのままでいると、彼女は元の態勢に戻り、しばらくして静かな寝息が聞こえてきた。
恐る恐る目を開けて様子を窺うと、彼女は穏やかな表情で眠っていた。
今日はいつもより疲れているようだ。
映画はようやく中盤というところなのに、彼女はぐっすりと眠り込んでいて、身じろぎ一つしない。
僕はあの日のように彼女の顔を覗き込むと、そっと髪に口付け、祈った。
良い夢を。そしてこれからも、僕の膝の上が彼女の安らげる場所でありますように。
Fin...