雨の日の思い出 side:A-1
………………
雨が、降ってきた。
「……うん?桐谷ちゃんどーしたの?」
隣で酔っ払って絡んでくる男を無理矢理引き剥がし、私は立ち上がると幹事の所に行った。
「望実。私、ちょっと抜けるね」
「えー、あんた狙いのアイツ、どうするつもりぃ?」
ごめん、と声に出さずに謝ると、望実は何も言わずに隣の男と話を再開した。
渋々であるが了承してくれたと思い、私は座敷から出て靴を履くと、抑えきれず駆け足で店を飛び出した。
時間帯が良かったのか、すぐにタクシーが捕まる。住所を告げ車が走りだしても尚、私ははやる気持ちを抑える事が出来なかった。
雨の日は、憂鬱だ。
もう忘れてもいいはずなのに。雨の日に限って悪い事ばかり起きるから、雨は益々私を縛っていく。
雨の日に、母は死んだ。
雨の日に、父は私と母を捨てた。
そして、雨の日に私は婚約者と別れた。
『おまえは過去ばっか気にして、俺の事なんか見てない。現実逃避に俺を利用しないでくれ』
私の事を見ていないのは、そっちじゃない。
言いたい言葉は涙に変わって、彼は迷惑そうに顔をしかめると、何も言わずに去って行った。
そんな日だった、私が彼に会ったのは。
酔い潰れ、男たちに絡まれていた私は、このまま連れて行かれるのもいいかもしれない、と考えていた。
もう夜も更けたのに、昼に降り始めた雨はまだ降っている。
雨の日は、とりわけ憂鬱になる。だから、らしくもなく彼の前で泣き、自分を見失う程お酒を飲んだ。
体は酒に侵されている。頭は冴えて過去ばかり写しだしている。
泣き叫ぶ私。無表情な私。笑顔を張り付けていた私。夢を、見ていた私。
『現在』がどこにもないから、私は彼らに付いて行こうと考えた。多少のショックがきっと私を戻してくれる、そう思って。
よろよろと歩き始めたその時、誰かが私の腕を強く掴んだ。
「……桐谷先輩。なに、やってんですか」
大学時代の後輩だった。
剣道部のマネージャーをしていた私は、二年下の彼とも話す機会は多かった。
入部して間もなく、部の期待の星になった彼。
試合は全戦全勝。怪我で全国優勝は叶わなかったが、団体戦は彼の力で過去最高の成績、全国の一歩手前まで上り詰めた。
そんな彼は、私の事が好きだった。