雨の日の思い出 side:A-2
何も言わないくせに、素振りさえ見せないのに私には彼の気持ちが手にとるようにわかって。
その気持ちを、私はあの夜に利用した。
『…ねぇ、広瀬くんちって近いの?このままじゃ帰れるかわかんないから、泊めてよ』
目の前で下着姿になったり、酔ったのをいい事に必要以上に甘えた仕草や口調を使ったり。
彼を誘惑してベットに持ち込もうとしたのに、彼は落ちなかった。
なんだかよくわからない古い映画を見て、ホットミルクで温まり、彼を床で寝かせ私は朝までぐっすりベットで眠った。
彼は、踏み台にならなかった。
そのせいだろうか、私は雨の日になると彼の家へ走る。
雨の日は必ず行きずりの男と一夜を過ごしていた私は、唯一誘惑に乗らなかった彼と過ごす。
寂しくて寂しくて。空っぽな私は思い出に押し潰されそうだ。
体内から満たしてくれる人はもういない。
その代わり、彼は私を外から温める。
ふかふかのタオルケットと、少しハチミツのたらしたホットミルク。そして古い洋画。
彼が、落ちなかった稀有な人物だからか。それとも、彼と約束してしまったからか。
わからない。わからないから私は彼の家へ行く。
「……ねぇ、眠くなってきた」
「…膝、どうぞ?」
「ん……」
膝の上にあった手をどけて貰い、私はその上に頭をのせながらソファに横になった。
明かりのほとんどない暗い部屋の中で、白黒映画の光が静かに揺れる。
ちゃんと画面を見ているはずなのに、いつの間にか私の意識は揺れる光へと向かい、心地良い眠りに引き込まれる。
髪を撫でる、彼の手がひどく気持ち良かった。
刹那、私はこの温かさを求めてここに来るのだと思った。