メリッサ-1
和彦は大学の近くに1LDKの部屋を借り、この家賃6万円と4万円の小遣い合わせて月に10万円の仕送りを受けている。親は地方都市の開業医だが近頃はちょっとした風邪でも大病院に行く風潮で余り景気が良くない。4万円では食費にも事欠きそうな金額なのでルームメイトを募集し、3万円徴収しようと考えた。そうすれば食費と小遣い合わせて7万円となり、まあ少しは楽になる。
早速学生会館の掲示板にルームメイト求むというメモを張り出した。留学生の多い大学なので外人をルームメイトにしようという気は全くないが、ちょっと茶目っ気を出してWANTED ROOM MATE : KAZUHIKO YAMADAと併記した。最初はいろいろ金がかかるだろうからと30万円ほど余分に親から貰ってきているので1〜2ヶ月は十分やっていける。仮にルーム・メイトが現れなくとも夏休みになったら何かアルバイトをすれば良い。その方がむしろ女の子と知り合うチャンスも多いだろうし、個人主義の進んだ今時ルームメイトなどというのは多分1人も希望者が現れないだろうと思って、広告を出してはみたが殆ど期待していなかった。
掲示板にメモを張り出したその日、いつものとおり学生食堂で安いラーメンとチャーハンの夕飯を食べて7時頃部屋に帰ると、ドアの前に大きなバッグを足下に置いて外人女性が立っていた。派手なメーキャップをして派手な服を着ていたから何かのセールスかと思った。化粧品か何かを売り歩いているのだろう。和彦を見ても何の反応も示さないのでそのままわきをすり抜けてドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。すると壁にもたれて立っていたその女性が俄に動き出して声をかけた。
「ちょっとすみません」
「はい?」
「貴方は誰ですか?」
「は?」
「私はヤマダカズヒコさんに用があって来たんですけど」
「山田和彦なら僕ですけど」
「えー? 貴方は男ではないですか」
「そうですよ、勿論」
「勿論って、カズヒコって名前で何で男なんですか?」
「え? カズヒコっていうのは男の名前だけど」
「嘘でしょう。最後にコが付く名前は女だと教わりました」
「ああ、なるほど。普通は確かにそうだけど、ヒコは男の名前なんです」
「でも私の友達に美依子という女性がいます」
「ミイコ? ああ、イコとヒコは違うから」
「そんなこと私分かりません」
「まあそこら辺の違いは確かに外人には難しいでしょうね。それで僕に何の用事ですか?」
「ルームメイト募集の広告を出したのは貴方ですか?」
「ああ、あれね。そうです、僕です」
「私それを見て来ました」
「そうか。そうですか。それは残念でしたね。僕も残念だけど」
「何で残念なのですか?」
「だって僕が意外や意外、男だったから」
「だから何ですか?」
「だからそういう失意を味わいながら日本語を覚えていくんでしょうね。試行錯誤という奴です」
「失意を味わう必要はありません。私貴方のルームメイトになります」
「え? 何言ってんの。失意を味わうのはそっちだよ」
「何でですか?」
「僕は男だし貴方は女ですから」
「だから何ですか?」
「だからルームメイトっていう訳には行かないでしょう、男と女では」
「部屋は2つあるんでしょ?」
「2つと言っても1つはリビングダイニングだから」
「それは素敵ですね。中を見せて下さい」
「いや、中を見なくても女性なんだから」
「当たり前です。中を見なくても私は女です。ああ、これはいい部屋ですね」
「いや、部屋はいいけどとにかく女は困る」
「どうしてですか?」
「どうしてですかって、寝る部屋は別でも風呂もトイレも1つでしょ。それに2部屋と言っても1部屋はリビング・ダイニングをカーテンで仕切るだけなんだから」