【バレンタインチョコレート☆妹味】-1
玄関を空けた瞬間から、家の中は物凄い匂いがしていた。
甘い、こめかみが痛くなる程甘い、チョコレートの匂い。
「おい、なんだ、この匂いは?」
俺は匂いの発生源であるだろう台所の戸を開けた。
空けた瞬間、更に甘い匂いが押し寄せてきて、俺は倒れるかと思った。
「何って、チョコレートに決まってるじゃない」
その中に、平然といる愛花の姿が、信じられない。
「チョコって、自分で作ってるのか?」
改めて台所の中を見回すと、コンロにかかった鍋の中には、湯煎でドロドロに溶かされたチョコレートが入ってるし、シンクの上に大中小と並べられたボールの中では、どう違うのか分からんが、やはり大量のチョコレートが、それぞれドロドロに溶かされて置かれているし、網の上には団子状に丸められたチョコレートの固まりが転がっている。
ああ、これは見たことがある。トリュフチョコとか言う奴だ。
「気合い入ってるな」と言う俺に、愛花は「今年は本命がいるのよ」と、はにかんだ。
本命?
その言葉に、ちょっとムカつく。
てか、それにしても、これは作り過ぎじゃないのだろうか?
冷蔵庫からジュースを取り出して食卓の椅子に腰掛けると、なにやら一生懸命に捏ね回している愛花の後ろ姿を眺める。食事の手伝いもまともにしないくせに、エプロンなんかして、張り切ってやがる。
パステルの赤いチェックのエプロン。
愛花のエプロン姿は、いつ見ても可愛い。
チョコレートの匂いに少しだけボーっとなりながら、俺がそんなことを思っていると、レンジがピーっと鳴って止まった。
その中から、愛花はニコニコしながらハート形をしたケーキを取り出した。
……。
本命って、普通一人だよな?……何個やる気だよ。
「俺の分は、どれだ」
ちなみに聞いてみる。
「無いわよ」
あっさりと言いやがるし。
「こっちがお父さんので、これは、……先輩のなの。きゃ♪」
ちょっと待て。
「……なんで親父のがあって、俺のがねぇんだよ」
「だってお兄ちゃん、チョコ嫌いでしょう?ちょっと失敗しちゃって、分量が足りないのよね。だから今年は、無しってことで。ね♪」
ひでぇ。何が『ね♪』だ。そんな可愛く言ったって、許せないぞ。
「お前、バレンタインにチョコがねぇって、悲しいじゃねぇか。俺にも何かくれよ」
「……お兄ちゃん。いい加減、ふらふらしてないで、彼女、作れば?妹から貰うのって、虚しくない?」
ぐはっ!
とどめを刺された。
――この女……。
「まあ、可哀相だから、これをあげるわ」
はい、どーぞと俺の前に、たった今までチョコレートを溶かしていたボールとゴムべらが置かれた。
「なんだ、これは」
「何って、チョコレートでしょ。ほら、これももういいから、あげる」
何やらトリュフにチョコを絡めるのに使っていたスプーンも、ボールの中に入れてくれる。
「余ったチョコなら、舐めてもいいわよ」
「うわっ、最悪だな、お前」
我が妹ながら、なんて愛のない言葉だ。
けど、渡された、まだチョコレートのたっぷりと付いたスプーンを、舐めてみる。
甘い……。
「美味しいでしょう?」
否定は出来ない。
けど、これはいくらなんでもあんまりな仕打ちではないだろうか?
大体、俺は他の女からチョコを貰うよりも、毎年、愛花から貰えることの方が嬉しいのに……。特定の女を作らない事を責められるより、今年は愛花からチョコが貰えないと言うことの方が、大ショックだ。
なんだ、本命がいるってのは?!どこのどいつだ、俺の愛花を誑かしやがったのは!
……まさか、もうつき合ってるなんてことは、無いだろうなぁ?
それは、愛花の様子を見る限りでは、無いとは思うけど……。もう愛花も16歳。そーゆー事があっても良い年頃だとは思うが……。
くそっ!考えただけで頭に来る野郎だぜ!誰かは知らんが。