伝統-1
「ワケ分かんなかったですよ。」
「でしょうね。」
「まさか、伝統行事だったなんて。遺跡もSFな装置も、鏡張りの部屋も。」
「面白かったでしょう?なかなかミステリアスで。」
「ええ、まあ…」
凜花と彩音の二人は、吹奏楽部の役員室の簡易ベッドに寝転がって、先日の遺跡探検の話をしている。
「私も去年やられたのよね。当時の四回生の先輩方と早霧先輩に。」
「四回生の先輩方って、忙しいのでは?」
「まあね。でも三回生よりは時間が有るのよ。もうほとんどの人が内定出てるし残り単位も少ないから、あとは卒論だけだし。」
凜花が彩音の髪を撫で、彩音はくすぐったそうに首をすくめて目を閉じた。
「それにしても…ずいぶん手の込んだイタズ…伝統ですね。」
「そうでもないみたいよ。遺跡はハリボテだし、装置も演劇部に協力してもらって作った小道具を何年も使い回ししてるらしいわ。白い通路はダンボールにペンキを塗っただけ。暗いからどれもそれっぽく見えただけで。」
「そのためにあの時間帯に行く必要があったんですね。」
「そうよ。」
綾音の頭を抱き寄せた凜花が、そっと口付けた。
「ん…」
切ないため息を漏らす彩音。髪を撫でてやる凜花。
「ね、先輩。」
「なあに?」
「あの…。女のアノ部分の画像が大量にありましたけど、あれは?」
「ああ、先輩方のよ。歴代部長じゃなくて。」
「わざわざ撮ったんですか?それって、見せ合いっこになってしまうのに。」
「見たくない、ってか。」
「…私は、凜花先輩のだけを…見ていたいです。」
「そう?じゃ、今も見る?」
凜花がスカートの裾に手を掛けた。
「み、み、見てもいいんですか。」
「もちろんよ。」
スカートが捲り上げられ、濃いブルーのパンティが露わになった。
ゴクリ、と生唾を飲む彩音。
「さあ、彩音。脱がせて中を見て…」
「先輩…」
綾音の手が凜花のパンティに伸びた。
ガチャ。
「あ…」
ドアを開けたのは、早霧だった。
「ごめーん。」
立ち去ろうとする早霧を凜花が呼び止めた。
「早霧先輩、違うんです。私はイヤだと言ったのに、この子ったら…無理やり脱がそうとしてきたんですよ。」
「な…何言ってるんですか、凜花先輩。」
彩音が慌てて否定する。
「脱がせて中を見てって言ったじゃ…」
「助けてくださいよう、早霧先輩。」
「あらあら、大人しそうな顔をしてるのに、そういう子だったんだ、彩音ちゃんて。」
「ちが…違いますってば!」
「悪い子にはお仕置きをしないとね。」
「ですね。」
「え?え?あっ!」
凜花が後ろから羽交い締めにした彩音の胸に、早霧の手が迫る。
「なんてねー。」
「なんてねー。」
「はあ?」
「ウソよ。凜花から誘ったってことぐらい分かるわよ。そのくらい、凜花とは深い付き合いをしてきたのだから。」
彩音はちょっと悔しそうに口元を歪めた。
「あなたともいずれそうなるわ、彩音。」
「凜花先輩…」
見つめ合う凜花と彩音。
「あのー。」
取り残された形の早霧が二人に声を掛けた。
「せっかくイイ感じのところを悪いんだけど、凜花とちょっと打ち合わせをしたいのよ。彩音ちゃん、悪いんだけど外してもらえないかしら?」
「あ、はい、分かりました。」
「ごめんね、彩音。また今度、ね。邪魔の入らない所で。」
「は、はい…」
彩音は真っ赤になって俯きながら部屋を出ていった。
その後姿を見送った早霧と凜花は、同時にため息をついた。
「今は、ね。」
「はい、こうしておくしかありません。」
「いきなり全ての真実を知らされても受け入れるのは難しい。頭では理解できても、心が謀反を起こす。」
「ええ。だからまずはイタズラっぽく伝えてショックを和らげて…」
「徐々に浸透させていく。」
「私の時と同じですね。」
「あなたの遺跡での取り乱しようったら、彩音ちゃんの比ではなくて面白かっ…ごめん。」
「い、いえ、事実ですから。」
「事実、か。」
「あと半年弱で、冗談を事実として認識させなければならないんですね。」
「出来るわよ、あなたなら。そして、あの子なら。」
「…もちろんです。伝えますよ、必ず。」
二人は真剣な目で見つめ合った。
「ところでね、提案があるんだけど。」
「提案?」
「伝統を確実に継承するために、人員の補強をしたいの。入って!」
ガチャ。
ドアを開けて入ってきたのは…。
「由衣…」
「やあどうも。ごきげんよう、凜花さま。」
「ど、どうして由衣が…」
「誤解しないでね、凜花。あなたが頼りないわけじゃなくて、より成功率を高めるための手段なの。指先のスペシャリスト、由衣ちゃんは、大きな戦力になる。」
「それは…そうだと思いますけど。代々の部長のみで継承するという伝統が崩れてしまいますよ?」
ふぅ、っと一つ息をついてから、早霧は凜花の疑問に答えた。
「伝統はね、守ることに意義があるんじゃない。未来を守るために伝統があるの。だから、そのための進化は勇気を持って押し進めるべきじゃないか、と私は思うの。」
「早霧先輩…」
百年以上続いた伝統の一角をこの人は変えようとしている。未来のために。それはすなわち、私達みんなのために。なんという大きな人なんだ。
凜花は感動で体が震えた。
「というわけで私が呼ばれたの。よろしくね、凜花ちゃん。」
「あ、うん、よろしくね、由衣。」
どちらからともなく右手を伸ばし、二人は固く握手をした。