遺跡-1
「この女学院て、とんでもなく広いじゃない?」
「ええ、そうですね。とても卒業までに全部の場所には行けそうにないです。」
「そうなのよ。でね、私、少しずつ探索してるんだけど、ちょっと面白そうな所を見つけたの。」
「へえ、どんな所ですか。」
彩音は凜花の話に興味を示した。
「パッと見、遺跡みたいな感じ。で、その奥に洞窟が見えてるんだけど、一人じゃ怖くて…。一緒に行ってくれない?」
「えーそんなの私も怖いですよー。」
彩音は眉をひそめた。
「先輩と一緒なら怖くありません、とか言ってくれないんだ。」
「先輩だって怖いくせに。」
「ふふ。まあそうね。だから一緒に探検して欲しいんじゃない。」
「はあ…」
彩音は乗ってこない。
「ねえ、まだ外でしたことないよね。」
「な、何を言い出すんですか、いきなり。」
「古代の遺跡の中で歴史に思いを馳せながら、とか素敵だと思わない?」
「素敵だとは思いますけど…」
「まあ、とりあえず入り口まで行こうよ。そこでまた考えればいいじゃない。」
「はあ…、分かりました。」
「よし、じゃ、行きましょう!」
「い、今からですか?」
練習後なので、そろそろ夕闇が迫ってくる。
「大丈夫。高輝度LEDライト用意しておいたから。ダイアルを回して収束距離を変えれば、広角からスポットまでこれ一本!」
「いや、そういう問題じゃ…」
そこに由衣が通りかかった。
「何ー?探検とか聞こえたけど。」
「ええ、面白そうな所を見つけたから。」
「そうなんだ。彩音ちゃんが行かないんなら、私と行く?」
「行かない。」
「即答で拒否かい!」
「何されるか分からないもん。」
「されたかったりして。」
彩音が唇を噛んで床に視線を落とした。
「…ごめん。」
由衣が苦い顔で謝った。
「え?あ、ああ、いいの。それはそれだから。」
「あ、うん…」
彩音が急に顔を上げた。
「行きます!わ、私、行きますから。」
凜花と由衣は顔を見合わせた。
「そう?良かった。じゃ、行きましょう。」
「気をつけてね。」
由衣の言葉に、凜花は彼女としっかりと目を合わせて大きく頷いた。由衣も頷き返した。
「うわあ、本格的ですね。」
石造りの巨大な門には何の飾り気もない。自然のままの大きな石を積み上げただけにしか見えないのだが、不思議な威厳のようなものを感じさせる。
門全体はパックリ開いた二枚貝を縦にしたような形をしていて、その周辺だけ草も木も生えていない。門の中央下の方に洞窟の入口が口を開いている。
「でしょ?これを見てもまだ中を探検してみたいと思わない?」
「思います!思います、けど…」
「怖い?」
「はい。」
「正常で正しい判断よ。知らないものに対する畏怖を忘れたら、生物は生き延びられない。」
「じゃ、やめます?」
「畏怖しても先に進まなければ生物は生き延びられない。」
「どっちなんですか。」
「どっちもよ。知らないということを認識し、恐れ、だから慎重に前に進むの。」
「なんだか丸め込まれているような…」
予想以上にガードの固い彩音に、凜花は少し苛立った。
「いいから行くの!」
そう言い残して一人でスタスタ入っていった。
「ま、待ってくださいよぉ。」
仕方なく彩音も続く。
入り口は狭いが、入ってすぐの所は大きなホールの様になっていた。
「意外と広いですね。」
そんな彩音の声が、壁に床に天井に乱反射して長い残響になった。
「そうね。」
同じく声を響かせた凜花は、どんどん洞窟の奥へと入っていく。まるで、知っている所を歩いているかのように。
LEDライトの光が、洞窟内の意外と滑らかな岩肌を、丸く切り取って見せる。
地面は凸凹しているが、歩けないというほどではない。
しばらく進むと、低い鍾乳石のようなもので天井と床がゴツゴツした所に出た。
「何のためにあるのかしらね、このザラザラ。」
「さあ。」
「踏むとなんだか気持ちいいけど。」
二人の足音だけがしばらく空間に響いた。
やがて、入り口のものよりは幾分狭いホールに出た。
「突き当り、ですね。」
「ええ、そうね。」
凜花がパンティを脱いだ。
「え…さっそくですか。」
彩音が呆れたような、でも期待を含んだ声で尋ねた。
「見てなさい。」
そう言って凜花が進んだ先には、八分の一ほど切り取られた後のバウムクーヘンの様な形の、ちょうど椅子ぐらいの大きさの岩があった。
その切り欠き部分は、中央の丸い穴と合わさって、上から見るとまるで鍵穴のような形をしている。
木の切り株を前方後円墳の形にくり抜いた様な岩、と言った方が分かりやすいだろうか。
凜花はその切り欠き部分が正面になるように座った。
凜花の股間が一瞬、赤く光った。
♪ピロリーン
『ID確認 おかえりなさい、とうじょう りんか』
クリアで聞き取りやすい、女性の落ち着いた声がホール内に響いた。
「ななな、何ですか、今の声は。」
♪ピロリーン
『パートナーを登録して下さい』
「彩音、パンティを脱いでそこに座って。」
凜花がライトで照らした先に、彼女が座っているのと同様の岩の椅子がもう一つあった。
「何なんですか、ここは。」
「いいから。とりあえず座って。」
彩音は逡巡している。それはそうだ。得体の知れない遺跡の得体の知れない岩の上に、パンティを脱いでナマ尻で座れだなどと言われて無邪気に座るような女は居まい。
「彩音、ワケ分かんないのは分かる。一年前の私もそうだったから。でもね、私を信じてくれないかな。私が早霧先輩を信じたように。」
彩音の表情が変わった。