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Misty room
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Misty room/station-3

カーン
 カーン
  カーン
何処か遠くで鐘の音がする。
きっと私を呼んでいる。
女は手にしていた本をくずかごに捨てた。
日常の煩わしさが嫌だった。必要以上に背伸びをして、女だって社会の中心に座ることが出来るのだと証明しようとした。
きっと、それが間違いだ。
背伸びをして、掴んだのは何?
あの下らない本だけ。
私なりにやればいい。
ここからまた始めよう。
何も無い、この場所から。
ゆっくり、ゆっくり。
あの鐘の音のように。
アルコールはすっかり醒めていた。
ホームには自分だけが立ち尽くしている。
「あなた、お帰りなさい」
妻は、柔らかな笑みで私を迎えにきた。
それだけで頬が緩んだ。「ただいま」
時間はたっぷりある。妻と二人で、ずっと暮らしていこう。
たまに喧嘩して、仲直りして、年をとって、二人で死んでいこう。
妻と私、それだけで十分だ。それが私の幸せだ。


町野 隆は、眼鏡のふちを人差し指でつい、と上げた。
街は恐ろしいくらい静かで、きっとここには誰にも住んでいないのだと感じる。
どうして僕はここにいるのだろう。
僕は何を望んでいたのだろう。
都会の雑踏。薄汚れた空気に嫌悪感を抱いた。
社会の矛盾。あまりの都合のよさに目を背けてきた。

人間の繋がり。脆さだけが際立ち、それを自分から作ろうとはしなかった。
だから、ここに広がる世界はきっと僕が望んだ世界だ。
干渉しない、透き通った、セカイ。
霞んでいるのに、透明な、セカイ。
だけど、こころのどこかで引っかかるものがある。
何か忘れてはいないだろうか。
何か置いてきてはいないだろうか。
ふと、誰かが前を横切った。
それは何処か僕に似たひとだった。
・・・・ぐよ。
それは幼い頃に死別した誰かに似ていた。
・・・は僕が継ぐよ。
いつかの誓いが聞こえる。
忘れてはいけない、その誰かの為に。
果たされぬままの約束は、落ち着く場所を失いフラフラと宙に浮いている。
日々の喧騒に紛れ、僕はそれを見失っていた。
僕は戻らなければならない。
ただ、その誓いを守るために。
あの醜く色づいた世界へ!


「生存者が発見されました。今回の脱線事故、唯一の生還者です」
リポーターは興奮気味に声を荒げた。
救急隊員が僕を車外へと連れ出した。周りを多くの人が囲む。
「生存者は町田隆さん、一名。町田隆さん、一名です」
繰り返し、キャスターは名前を呼ぶ。
警備員が制止する網をかいくぐり、心無いリポーターが重症を負う僕に質問を投げかけてくる。
「怖かったですか?」「生還して一言」
無理やりの干渉さえも、少し嬉しかった。だけどそれが人を死に追いやる。いつかの少女の仕事を増やす。

ただ僕の目指す駅は、遥か彼方。
今そこにいる誰かに向かって僕は叫んだ。
「親父の夢は、僕が継ぐよ」
約束は、まだ道の途中。
終着駅は霧のなか。
いつか辿りつくその場所。
霧は、きっといつまでも晴れない。
ずっといつまでも晴れない。


                    Misty room / station end


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