ヴァイブレーション-2
凛花が頷いた。
「悪くないわ。いえ、期待よりいい音が出てる。後は、微調整を繰り返して自分の音を見付けていってね。」
「はい!」
彩音の瞳に希望の光が灯った。
「今、音を出したとき、最初に空気の音が挟まったの、分かった?」
「えっと…」
「もう一回吹いてみて。」
フボー…。
「ホントだ…」
「そのままじゃ発音のタイミングがズレっぱなしで音楽にならない。」
「ええ。」
「というわけで…」
凛花は再び彩音の左の中指を咥えた。
「う?」
指先を湿ったものが撫でる感覚に、彩音が思わず声を漏らした。
「今の、分かった?」
「あ、はい。東城先輩の舌が私の指先を、あの…舐めた?」
「んー、まあ正解かな。もう少し正確に言うとね、舌で息を堰き止めておいて、発音のタイミングで放すの。トゥー、トゥー、って言う感じで。やってみて。」
そういって凛花は彩音に左中指を咥えさせた。
彩音は、凛花の指が入ってくる時、何故か身を固くした。その様子を見た凛花が尋ねた。
「どうしたの?口に指が入っただけじゃない。それとも、違う所に入れてほしいの?」
「え…?」
彩音は一瞬ポカンとしたあと、真っ赤になって俯いた。
「鼻とか。」
「あ、あー、鼻、鼻…」
しまった、という顔をして彩音は凛花から視線を外した。
「さ、もう一回。」
「はい。」
凛花の指を咥え直して、トゥー、としてみた。
「そう!今のいい。すごくいい舌の動きを感じたわ。」
「はい!」
「じゃ、楽器でやってみて。」
「はい。」
ボー。
「いいわね。何回かやってみて。」
ボー、ボーボー…。
「よし。後は一人で練習してて。私、合奏に行かなきゃだから。」
「はい、ありがとうございました!」
「あ、そうだ。練習の仕方なんだけどね、耳で聞くだけじゃなくて振動も感じながらやるといいわよ。」
「振動?」
「こんな風に。」
凛花は自分のクラリネットの先端を彩音の下腹部に押し当て、大きな音で低音を吹いた。
ボーーーー…。
「う…」
「ね、感じるでしょ?」
「は、はい、すごく感じます。」
凛花は頷き、棚から棒を取り出した。それは、ちょうど握りやすいぐらいの太さだ。
「自分で自分にするのは姿勢が乱れてしまうから、器具を使うの。」
凛花は棒の一方の端についているベルクロのストラップを彩音の腰に回し、棒を下腹部に挟んだ形に固定した。そして反対側はクラリネットの先端部分に紐で括り付けた。
「吹いてみて。」
ボー。
「感じる?」
「…はい、とても。」
「じゃ、頑張ってね。」
「ありがとうございます!」
凛花は練習室を出ていった。
「感じる、のはいいんだけど…。」
彩音は正直困った。練習はたくさんしたいのだが、棒を介して響いてくるクラリネットの振動が、かなりきわどい所に伝わってくるのだ。しかも、丁度いい周波数と強さで。
「まいったな…。」
でも、練習しないわけには行けない。
彩音は頑張って音出しを繰り返した。