幸せと、明日-1
「すげーまだるっこしい。お前は間違ってる!」
いやいやアンタ、そんな云い方せんでも良かろうに。
ほら見ろ妹さん、なんて云うの?
がびーん、て顔してっから。
見てあげなさいな、ちゃんと両の眼でさ。
「男落とすなんてお前なあ、ちょっと制服の前をはだけさせりゃあ良いんだよ。飴がどうの、パンダがどうの?まだるっこしいわ!」
「兄ちゃんのケダモノぉぉぉぉ!!」
そう云って妹さんは、あたしが雑貨屋で買ってあげた可愛いドイツの飴の瓶を抱えて逃げた。
ありがとう、って云いに来てくれて。
とっても可愛い笑顔をしてたのになあ。
「ケダモノはお前だっ。走って逃げおってからに」
はふぅ、と溜め息をついて隆之は頭をガリガリと掻いた。
「妹がさ」
「うん」
「教師に惚れたって聞いた時さ」
「うん」
「すげー、漫画みてえ、って思ってさ」
「…おう」
「早くくっつかねぇかしら、と楽しみにしてるんだけど、まだるっこしいんだよなぁ…」
間違ってる。こいつ、兄としてなんか間違ってる。
そんな隆之のフルネームは、相川隆之。19歳の専門学生。
こう見えて勉強を頑張っている男だ。
走って逃げた妹さんは高校二年生。夕香ちゃん。くるくるのほわほわ。凄く可愛い。
今、学校の先生に片思い中らしい。実ると良いけど、どうなるかな。気になる。
そうそう、あたしは隆之の彼女。川上アキラ、22歳。
両親が「ハードに格好良い名前が良いね」とつけたあたしの名前。
なんちゅう理由だよ、って、ちょっと嫌いだった自分の名前。
可愛い名前じゃなくて良いから、アキラなんて名前じゃない方が良かったってずっと思ってた。
でもあたしが初めて名前を名乗った時。
隆之が目をキラキラさせて「すげー、ハードで格好良い!」ってまんまな事を云ってくれたから、好きになった。
アキラって名前も、隆之も。
あたしの仕事は、パティシエ見習い。高校を出てすぐケーキ屋で修行を始めて四年。
ああ、そういえば仕事もハードだな。
ハードだらけのあたしの夢は、隆之んちの近くに小さいケーキ屋さんを作ること。
かりかり、ふわふわ、しっとりのパン。
あんまり甘すぎなくて濃いクリームを使ったケーキ。
そんな幸せなお店を作ること。
美味しいな、って思うのは幸せだから。
幸せだから、美味しいって思う。
あたしね、誰かを笑顔にしたいの。
悲しませたり怒らせたりするのは簡単。
だからあたしは人を笑顔にしたい。
でも。
「ああもう、まだるっこしいなー」と悶える隆之を見ながら、あたしは考える。
隆之はあたしで良いのか。