紅館の花達〜蒼猫花〜-1
猫は言葉を知らなかった………
その猫は青い毛色をしていて、まるで人間の少女のような格好だった。
そしてその頭とお尻にだけ猫らしい耳と尻尾を生やしていた。
もっと小さい頃、母親からはぐれたため猫は言葉を知らない、故に猫は人として見られなかった。
猫は毎日朝方の寒さに震えて目が醒める。 隙間風が吹く納屋の片隅に猫は縮こまって寝ていた。 納屋には藁だけが置いてあった。
着るものなどない。
生まれてから12年経つこの猫には名前すらない。 納屋の持ち主である男は、納屋に住み着いた猫に餌をやっていた。
よく笑う男で、猫はその男が好きで良くじゃれていた。
だが、男の優しさは偽りだった。
ある日、猫は男の会話を聴いた。
『あいつがもう少し成長したら良い値で売れる。』
その言葉を聴いた猫は、それ以来男を近付けることはなかった。 言葉を理解したわけではない、動物の直感だった。
それから猫は納屋の片隅で動かず、時折納屋にいたネズミや小動物などを食べて生きた。 男が出す餌には手をつけない。
猫は12歳から成長しない。 猫は成長を拒否したのだ。
あれから5年が経ったというのに、猫の世界は何も変わらない。
未だに猫を追い出すことも売ることも出来ずにいらついている男と、ガリガリに痩せながらも目の輝きを失わない猫。
猫は疑問も何も持たない。 外の世界にも興味は無かった。 あるのはただ食べて寝て生き延びること。
何故生き延びるかに、疑問は持たない。
決して持たない。
ある日、猫の世界に変化があった。 いつもの静寂が見知らぬ男によって破られた。
紅いマント。
猫の世界で、これほど鮮やかな紅は初めてだった。
『………ゼロ。』
男は猫から1メートルほど離れた場所にしゃがみこみ、猫を呼んだ。
『おいで。 私と行こう。』
腕を広げて猫を招く。 この時猫は考えていた。
この男は、あの男と同じく自分を害するか?
だが猫は同時にわかっていた。
選択の余地は無い。 このガリガリに痩せた体ではもう抵抗出来ない。
もう何日も食べ物を食べていなかったのだから。
それにここは寒い。 猫の目には男の腕の中が暖かいと感じた。 そしてよつんばいで歩いていって男に包まれた。
『にゃぁぁ………ん………』
男は何度か猫を撫でると、マントに包んだまま抱きかかえて納屋を出た。
数年振りに見た太陽に、猫はたまらず目を瞑る。
そんな猫を男は嬉しそうに撫でると乗ってきた馬車に乗り込んだ。
猫が馬車の中を見回すと、男の隣にエルフの女が座っていた。
長い金髪で美人だったが、猫にはあまり興味がある事柄ではない。
ぬくぬくとしたマントの中で、猫は自分を世界から連れだした男を見ていた。
自分と同じように頭に猫の耳がある。
『にゃぁぁん。』
猫はこの男が好きになった………