まずは母親同士のおしゃべりから-1
【まずは母親同士のおしゃべりから】
午後を少し回った時間。
インターフォンが鳴り、早くからそれを待ちわびていた真奈美は、モニターを確認もせずに玄関先へとダッシュした。玄関の扉の外、短いアプローチを隔てた門の外には、童顔の女がはにかんでいた。
「いらっしゃいませ。お越しいただいて、ありがとうございます。真希の母親の真奈美と申します」
真奈美はこうして、丁寧な対応からこのゲームをスタートさせた。
「こ、こちらこそ、お招きいただいて、ありがとうございます。潤の母親の彩花(あやか)です」
アフタヌーンティーに誘われた彩花が、真奈美の出迎えに緊張気味に応えた。これまでお互いに顔は会わしていたが、これが初めて交わす言葉だった。
(可愛い声。どんな声で喘ぐんだろ?)
アニメ声の彩花の声に、真奈美のテンションがあがった。
「どうぞ入ってください」
嬉しさを隠しきれずに、真奈美は満面の笑みで家の中へ案内した。
「あっ、真奈美さん、これ、つまらないものですが」
居間に案内された彩花は、示されたソファに座る前に、用意していた手土産を真奈美に手渡した。
「嬉しい。ここのケーキ大好きなんですよ。彩花さん、ありがとうございます」
それを聞いた彩花の表情が明るくなった。
「よかったあ。真奈美さんも好きだったんですね」
「そうなんですよ。ここのケーキって、甘さ控え目がとてもいいんですよね」
共通の話題を喜んだのを皮切りに、真奈美は早速彩花の攻略を開始した。
「って、お互いに同い年なんだから敬語はやめません?それにまだまだ若いし、彩花ちゃんて呼んでもいいかな?」
真奈美は口調を変えてフランクに名前を呼んだ。
「あ、彩花ちゃんて…」
同姓からそう呼ばれるのは、学生のとき以来だった。彩花は真奈美の提案に戸惑った。
「いいでしょ、彩花ちゃん」
「え、ええ、うん…」
強引な真奈美に対して、彩花は頷くしかなかった。
「ありがとう、彩花ちゃん」
しかし、改めて名前で呼ばれると、恥ずかしい反面、なんだか嬉しくなってきた。
(なんだか学生の頃に戻ったみたい)
そう感じた彩花は、自然とその言葉を返していた。
「じゃ、じゃあ、あたしは真奈美ちゃんて呼ぶね」
彩花の言葉に、真奈美の目がキラリと輝いた。
(うふふ、第1ステージクリア)
こうして、真奈美は2人の間のハードルを難なく一つ下げたのだ。
始めはお互いの子供のことで話を咲かせ、そして次は夫のことへ話を誘導した。
「真希から聞いたんだけど、彩花ちゃんの旦那さん、海外に単身赴任中って本当なの?」
「え、ええ、まあ…」
この話題になると彩花は返答に困ってしまった。変に答えると、『優秀な旦那を持って天狗になってる』と陰口を叩かれるからだ。それは内気で幼く見える彩花に対して、下に見下していた者達に多い反応だった。
しかし真奈美の反応は、彩花の懸念を他所に、これまでの者達とは違っていた。
「可哀想…」
「えっ?」
自分を見つめる真奈美の目が、少し潤んでいることに気づいた彩花は驚いた。