第三話-21
「何故、電話を切った!娘の命が惜しくないのか!?」
声から想像するまでもなく、金城は“怒り心頭に発す”の様相を呈しているようだった。
寿明は立ち上がると、負けじと怒声を発し、早口で捲し立てる。
「言っといた筈だ。一千万円を作るのに三日は要すると。先程も、知人宅で借金を乞うていたところだったのを、何度も々も掛けて来て。
こっちは、娘を助けたい一心であちこち出向いているというのに、貴様が邪魔をしているんじゃないか!」
寿明の怒り様に、金城は面食らった。
「──金の工面が出来次第、こちらから連絡をする。それまで、二度と連絡してくるな!」
一方的に都合を言われ、通話を切られるとは思っても見なかった。
しかも、金の受け渡し場所や日時など、自分が思っていた事は、何一つ決められなかったのである。
「この、くそったれ親父が!」
金城には、切れたスマホに向かって悪態をつく以外、気持ちの持っていきようがなかった。
一方、金城との対峙を終えた寿明は、緊張の糸が切れたのか、力なくソファーにヘタり込んだ。
「先生。お見事でしたわ。これで相手は、こちらの言い分に譲歩してくるでしょう。受け渡し場所も合わせてくる筈です。」
「そんなに上手くいくかね?」
「ええ。金城も当事者の一人ですから。自分のせいで事態が悪くなるのは困る筈です。だから、次は失敗しないようにと思っているでしょう。」
疑心暗鬼の寿明に対し、山本は自信満々な表情で答えると、ポケットから何やら取り出した。
「──それで、これを、身代金を入れるバッグの底に、貼りつけて頂きたいのですが。」
山本が手渡した物は、USBメモリーに似た形状をしていた。
「なんだね?これは。」
「GPS発信器ですわ。」
彼女の話では、スマホ同様、位置情報を確認出来る物だという。
「お札をバラバラにしてバッグに詰め込んでおけば、相手は、中身を詰め替えようなんて気にならないでしょう。重さも数十グラムの物ですから、先ず、気づかれないです。」
「なるほど。これで、何処に逃げても判るようにする訳だな。」
「お嬢さんの安全が確定し次第、警察が介入出来るように手配しますから、最終的には、お金も戻って来る筈です。」
これで、銀行から金を受け取れば、準備万端、整う事になる。
(待ってろよ、史乃。もうすぐ、助けてやるからな……。)
寿明の心に、緊張が走る──。準備が整っただけでは意味がない。結果として史乃を助け、尚且つ、犯人を確実に捕まえる為、実践で、完璧に行動する事が肝要だ。
犯人が僅かでも疑問を持ち、取り引きが途中で頓挫する事になれば、史乃の命が危険に晒されてしまう。リハーサル無しで完璧に演じきる必要がある。
(綾乃……。どうか史乃を守ってやってくれ。)
両手を組んだ寿明は、まるでキリスト信者が祈りを捧げるように、史乃の無事を綾乃に頼んでいた。